劇団員の稽古や裏方業務は「労働」と判決…“食えなくて当たり前”だった文化のままでいいのか?日本の演劇界を維持するためには?
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 劇団員は労働者なのかー。多くの舞台人も行方を注目していた裁判で、東京高裁は19日、稽古や本番への出演、裏方業務は「労働」に当たるとする判決を言い渡した。

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 訴えを起こしたのは末広大知氏(34)。役者を目指し、12年前に劇団運営会社「エアースタジオ」に入団。以来、セットの設営や照明など裏方の仕事をこなしつつ、舞台に立つ日を夢見て稽古に励んできた。「公演ごとに売上目標があり、それを元にそれぞれが何人集客しなければならないという話をされ、工夫したり呼びかけたりしたり」。

 所属していたエアースタジオは2003年に立ち上げられ、都内2カ所の劇場でほぼ毎週公演を行っていた。年間の公演数は90回に上っていた。さらにカフェバーも経営、2014年の年間売上は2億4000万円(純利益536万円)だったという。

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 当初は週に1、2回程度の“手伝い”だったという仕事の量は増えていったが、入団からの5年間はほぼ無給。その後、月に6万円をもらえるようにはなったが、休みは月に2、3日で、睡眠時間が取れない時期もあり、節約のため、1日3個のメロンパンで凌ぐこともあったという。

 「社員と劇団員を区別して扱おうとしていたが、実質的に中身は一緒だった。働いている時間ともらっている給料との差についてもおかしいとは思っていたが、もっと頑張らなきゃと思ってしまっていた。疑問を感じながらも、「演技の経験を積みたい」という思いから踏みとどまった。

 それでも環境に耐えかね、4年前に退団を決意した。さらに翌年には残業代の未払い分や慰謝料を求め、東京地裁に訴えを起こした。

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 会社側は「単なる趣味やサークル活動で、労働者ではない」「業務命令をしたことはない」「月額6万円は劇団員らへの支援金であり、労働対価ではない」「芝居で生計を立てたいなら社員になるように伝えていた」などと主張。しかし東京地裁は去年9月、「小・大道具及び音響、照明業務などは労働にあたる」として、会社側に約51万円を支払うよう命じた。

 さらに東京高裁は先月、新たに公演への出演と稽古も労働と認定、会社側に約185万円の支払いを命じた。「一審では小道具と一部の業務しか認められていなかったが、劇団員の労働者性が認められることが大事だったし、世間にも注目してほしかったので、第二審に進んだ」。

 勝訴したはずの末広氏だが、葛藤もあるという。「小さな劇団すべてに同じことが適用されるとは思っていない。私のケースでは、明らかに営利目的で年間90本近くの公演を行い、収益を上げているにも関わらず、夢を抱く劇団員だから安月給でもいいだろうという意識がどこかになかったか、ということが問題だ。私自身もそう思い込んでしまっていた部分があったが、やはり“やりがい搾取”のような形で低い賃金でこき使うのは違うのではないか、という思いだ」。

■佐々木俊尚氏「層の厚い日本の演劇文化を無くしてしまうのはすごくもったいない」

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 リディラバ代表の安部敏樹氏は「趣味・サークル・ボランティアから始まったものを事業化させ、今は労働者を雇っている身として、ダイレクトな問題だ」と話す。

 「私がいるような非営利の分野も、“やりたいからやっている”というような趣味的な部分と労働基準法で扱う労働の部分がグラデーションになっている。例えば国が学校のスポーツ指導員を作ったが、労働基準法ベースの賃金を払えるほどの予算がないので、“労働ではないけれど、お金は払うよ”という感じになってしまっている。その状況を国が認めてしまっているのでいいのかという問題がある。そこは慎重に考えないと、芸術の未来に関わってくると思う」。

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 ジャーナリストの佐々木俊尚氏は「そもそも年間90回も公演をやっているような劇団はあまりないし、普通の劇団と今回の問題を一緒に論じられるのは違う。その点からも、高裁の判断は正しいと思う」と話す。

 一方、佐々木氏は「層の厚い日本の演劇文化を無くしてしまうのはすごくもったいない。しかしこの先、小劇団がどこまで維持されるのかという局面になってきている」と指摘する。

 「音楽や出版はそこそこ売れればお金も入ってくる、いわばメジャーな文化だったが、映画のミニシアター系や現代アート、そして演劇“食えないのが当たり前”、手弁当で、という特殊な文化があった。小劇団に知り合いがいるが、夜は居酒屋などで働いて、昼に稽古をするというのが一般的なパターンで、食っていくのは可能だが、将来に展望があるかどうかは分からないというのが普通だったと思う。ところが今は音楽や出版も含めた文化全体が沈み込んでいて、ミリオンセラーかそうでないかという、両極端の時代になってきている。演劇にしても、イケメンやアイドルなどが出演する、チケットがたくさん売れる舞台しか残らず、そんなに大箱ではないが、それでも素晴らしい演技をする舞台が残せなくなるかもしれないし、劇団という仕組みそのものが崩壊してしまうのではないか」。

 その上で佐々木氏は「トップを目指す、でもトップになれない層の厚さこそが、トップを生み出していると思う。その裾野をどう維持するか、どう持続可能性を作っていくかが大事だと思う。一方で、そこに国がお金を出すと上手く行かなくなる部分もある。たとえばフランス政府が映画を支援するようになった結果、高尚な芸術映画が増え、エンターテインメント性が失われるということが起きた。持続可能で、収入が得られて劇団も劇団員も成立する仕組みというのは非常に難しい」とコメントした。(ABEMA/『ABEMA Prime』より)

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