優勝賞金300万円、出場8選手中5人がタイトルホルダーというジャンル史上最高レベルの規模での開催となったRISE女子トーナメントは、期間の短さもポイントだった。1回戦が10月11日の横浜大会、準決勝と決勝は11月1日の大阪大会だから、試合間隔が3週間しかない。体力的に厳しいし、1回戦の反省点を修正することも難しいだろう。
だが寺山日葵は、その短期間で大きく変貌、成長した。生まれ変わったと言ってもいいくらいだった。3週間前の寺山は、どん底にいた。erikaとの1回戦、判定勝ちを収めたものの持ち味が出せずに終わった。悔し涙が止まらず、ネットでの批判の声もまともに受け止めてしまった。那須川天心と同じジムだから判定で有利にしてもらっているんじゃないか。そんな根拠のない中傷まで気にしてしまう。
「心が折れて、いなくなっちゃいたいと思いました」
寺山はRISE QUEENミニフライ級のベルトを持つ。主催団体のチャンピオンとして負けられない、RISE QUEENらしい試合をしなければならない。そんな責任感が試合でマイナスに出てしまったのだ。しかし、どん底まで落ちたからこそ光が見えた。昔から知る周囲の人々は、寺山にチャンピオンらしさは求めなかった。それよりも「寺山日葵らしさが見たい」と言ってくれた。それで吹っ切れた。
11.1大阪大会。準決勝で対戦したのはsasoriだった。7月にも対戦し、勝ちはしたが大苦戦させられた相手だ。erikaと同じ“突進タイプ”でもあり、1回戦では平岡琴に圧勝していた。もし寺山が1回戦と同じ闘い方をしていたら、sasoriを止められなかったのではないか。だが試合が始まると、寺山の動きは見違えるようだった。
前蹴りで突き放し、顔面も蹴り上げる。それでも前に出てきたらカウンターでヒザ。要所でミドルキックも決まった。手足の長さを活かした、まさに寺山らしい闘いで判定勝ちを収めると、紅絹とのRISE王者同士の決勝戦はジャッジ3者とも2ポイント差の判定3-0。
インファイトを狙う紅絹の動きを見事に封じ、ここでも前蹴りがズバリ。中継の解説を務めたトーナメントのプロデューサー・神村エリカは「倒れてもおかしくないくらいでした」と寺山の前蹴りを称えた。蹴りが冴えていたからだろう、アグレッシブにパンチを打つ場面もあった。自分らしく闘った結果、その闘いぶりは王者らしいものになっていた。
「このトーナメントで成長してくれました。他団体を見ても寺山選手が一番強い」
1回戦の内容にはきついコメントをした神村Pも、この日の勝ちっぷりは絶賛。強豪揃いのトーナメントは、大器がポテンシャルを開花させる物語として完成した。
「このトーナメントで凄く成長できました。これまで自分に自信が持てなくて、自分が大嫌いだったんですけど、ここまで来ることができました」
表彰式でそう語った寺山は、インタビュースペースで「自分のことを最後まで信じることができました。一番変わったのはメンタルです」と明かしている。
「ちょっと何か言われると“自分なんてそんなもんだよな”と思いがちだったんです。でも、この3週間で変われました。気持ちの面で変わったので、練習してきたことが出せましたね。98%は周りの人たちのサポートのおかげ。自分の力だけでは勝てなかったと思います」
格闘技と同じくらい好きだというのがジャニーズ。試合前に申し込んだチケットは「全滅」だったそうだ。だがそうしたこともプラスに捉えるようになった。
「チケットで運を使わなかったので、その運が試合に回るんだなって考えました。前はそうじゃなかったんですよ。“チケットも取れないようじゃ試合の運もないな”ってなってました(笑)」
この優勝が、さらに自信をつけてくれるだろう。「まだまだ完成形にはほど遠い」からこそ「自分のスタイルを極めたい」とは一夜明け会見でのコメントだ。寺山日葵
は、日本女子キック界のはっきりとした中心軸になった。
ちなみに会見前にはタピオカドリンクを飲み「9粒4000円のチョコレート」を満喫したそうだ。優勝賞金300万円を獲得したとはいえ「10円のチョコレートで満足できる人間なので(笑)。4000円は凄いですよ」。日本一の女子キックボクサーはまだ10代。間違いなく、これからまだまだ伸びる。
文/橋本宗洋
写真/RISE