11月1日のRISE大阪大会。那須川天心はメインイベントでKO勝ちした裕樹との試合を、そんな言葉で振り返った。拳で会話したような感覚だったという。
いつもとは違う試合だった。対戦した裕樹はこれが引退試合。だが手心を加えるつもりはなかった。感謝し、リスペクトしているからこそ全力で倒しにいった。その結果、今までにはないものを試合から感じた。
「非常にスローでしたね。ゆっくりゆっくり。その中で僕だけめっちゃ速く動いてた(感覚)」
自分だけ速く動き、周りはスロー。その結果「考える時間があった」そうだ。
「ここを打つ、とか分かるんですよ。(ゲームのような)コマンドが出てる感じで」
どこを狙えばいいのかが分かり、そこに的確に攻撃を当てていった那須川。「練習してきたことがいろいろ出せた」とも言う。この試合のテーマとして「冷静と上昇」という言葉を挙げていたが、まさにそれができた。あくまで冷静に闘い、そのことでまた上に行くことができたわけだ。今の那須川は、誰に勝ったから凄いといったレベルにはいない。ひたすら自分を高めている。
「自分を超える試合がしたかったし、超えられた部分もあるんじゃないかと思います。相手は裕樹選手だったんですけど、自分と闘ってるんですよね。相手が誰だから気合い入れようとかじゃない。(常に)挑まれる側ですからね。それでずっと負けてないので」
フィニッシュの飛びヒザ蹴りは、セコンドの父・弘幸氏の目にもスローモーションに映ったそうだ。
「今回コロナでお客さんは声が出せない(声を出しての応援が禁止)。でもコロナじゃなくてもシーンとしてたんじゃないですか」(天心)
スローモーションに見える、声も出ないほど劇的なフィニッシュだったということだ。それを客観的に感じることができるというのも彼のセンスだろう。
ただ、その那須川でも分からないことがあった。終盤、ノーガードで裕樹のパンチをもらったのだ。勝敗を何よりも重んじ、絶対に隙を見せない那須川に何があったのか。
「一番したくないことなんですけどね。やらされたっていう感じです。いま考えたらおっかないですよ(笑)」
裕樹は試合後「世界一の男を体感できました」と語ったが、那須川も“ミスターRISE”裕樹の拳を体感したいという誘惑にかられたのかもしれない。これまで見たことがない、そしておそらくこれから2度と見ることはないであろう、稀有な瞬間だった。