マット界のリビング・レジェンド武藤敬司が、大きな野望に向かう1勝を挙げた。
11月22日に開催されたノアのビッグマッチ、横浜武道館大会。武藤は谷口周平とのシングルマッチに臨み、快勝を収めている。谷口のパワー、捨て身の攻撃に苦しむ場面もあったがドラゴンスクリューに足4の字固めなど得意技を随所で繰り出し、最後は背後→正面とシャイニング・ウィザードの連打。貫禄の勝利と言っていいだろう。武藤は8月の清宮海斗戦に続き、シングル2連勝だ。
武藤は現在57歳。ヒザには人工関節が入っている。一昨年の手術を経て、それでもリングに戻ってきたし、試合をする以上は“レジェンド枠のゲスト参戦”にとどまるつもりはない。今年、ノアに参戦するようになると「今の俺はフリーだからさ」が口癖になった。いい仕事をしなければ呼んでもらえない、そうなったら食っていけない。武藤ほどの大物になってなお、そういう感覚があるのだ。
ノアでは早くから「ベルトを視野に入れてる」という発言もしてきた。いうまでもなく、そのベルトとはGHCヘビー級選手権。武藤はこれまで新日本プロレスのIWGPヘビー級、全日本プロレスの三冠ヘビー級タイトルを獲得しており、ノアのGHCを制すると“メジャー3団体完全制覇”となる。
清宮、谷口とノア最前線の選手にシングルで勝ったことで、王座挑戦への手応えを掴むことができたようだ。谷口戦を終えると、武藤はこう語っている。
「清宮やっつけて、谷口やっつけて気持ちも少しずつ上がってきた。もうすぐ58歳、時間がないのは分かってるけど、来年早々、バク進する武藤敬司を見せたい。やるなら早いほうがいいな」
来年早々――自身の仕上がり、ノアマットの流れを見つつ、いよいよ王座挑戦の具体的な時期まで見据えるようになってきたわけだ。“衰え知らず”とは言わない。できることとできないことがあるのは、ほかならぬ武藤自身が誰よりも知っている。だが、だからこそ“今できること”を追及していく姿勢は研ぎ澄まされていく。
「日々、昨日の武藤敬司に負けないように努力してるよ。これが3年前の武藤敬司だったら負けちゃうけど、昨日の自分になら勝てる時もある」
コロナ禍の中、今まで以上に練習熱心になったという話も聞く。かつては圧倒的なプロレスセンスでアメリカマットをも席巻した武藤だが、今は“昨日の自分”に勝つべくコツコツと努力を重ねているのだ。インタビュースペースでは、こんな言葉もあった。
「アニマル(・ウォリアー)が死んだからさ、ロード・ウォリアーズみたいにバーッと(秒殺で)片付けようと思ったんだけど。今日はこれが俺の最短だった」
この世にいない同時代のレスラー仲間も多くなった。武藤はすでに“プロレス史”の住人と言ってもいい。そんな武藤が、新体制で“名門復興”の過程にあるノアでベルトを狙うというドラマ。決して全盛期ではない。しかし全盛期と変わらないほど見届けがいのある生き様がここにある。
文/橋本宗洋
写真/プロレスリング・ノア