58歳の大チャレンジだ。プロレス界のレジェンド・武藤敬司がノアの至宝GHCヘビー級タイトルに挑戦することになった。
この春、自身が創設したWRESTLE-1が活動停止となった武藤は、フリーとして主戦場をノアに定めると早くから「ベルトを狙う」と公言していた。無観客試合にも出場し、丸藤正道らイニシャルMの選手を集めたユニット「M's alliance」を結成。松井珠理奈の加入も話題を呼んだ。
そうして勢力を拡大し、自身もシングルマッチで清宮海斗、谷口周平に勝つという結果を残した。11.22横浜大会での谷口戦後「TPOが揃ってきた」と語っていた武藤。ヒザに人工関節を入れる手術から復帰し、ノアマットでも着実に手応えを掴んできた。
そして12月6日の代々木第二体育館大会で「TPO」が揃った。この日のオープニングで、ノア11年ぶりの日本武道館大会が発表に(2021年2月12日)。メインイベントでは潮崎豪が杉浦貴との“死闘”を制し、6度目の防衛を果たした。最高の舞台に最高のチャンピオン。ここで動くのが武藤の嗅覚だ。
この大会、8人タッグ戦に出場した武藤はチームとしては敗戦。しかし清宮たちと真っ向からの攻防を展開、攻撃を受ける場面を含めて自身の調子を試しているかのようにも見えた。その上で自分にゴーサインを出したということだろう。
(武藤からの挑戦に潮崎も異論はない。リング上でガッチリと握手)
メイン後のリングに登場した武藤は、潮崎に挑戦表明した。
「ちょっと歳とって老いぼれてるけど、そんな俺も夢を見ていいだろ。俺の夢、付き合ってくれ。日本武道館で挑戦させてくれ」
全盛期の力があるとは言わない。自分でも「老いぼれ」だと分かっている。だがそれでもレスラーである以上、夢がなければ生きていけない。今月23日で58歳になる“今の武藤敬司”らしい挑戦表明だった。
潮崎は50分を超えるタフな攻防を制し、杉浦に勝った。では武藤も潮崎と長時間の試合をするのかと言えば、そうではないという。
「こういうロングランの試合は昔からのノアのスタイル。もしかしたら四天王プロレスからのバイブルかもしれない。でも俺のバイブルはまた違うから。俺は俺のゴーイング・マイウェイで」
武藤はIWGPヘビー級、三冠ヘビー級のベルトを巻いた。いわゆる“メジャー3団体”頂点のベルトで巻いていないのはGHCヘビー級だけ。それは同時代、他団体のライバル的存在、三沢光晴が作った団体のベルトでもある。そのベルトを“ノアの聖地”武道館で巻けば、これほどドラマチックなことはない。
ノアのスタイルに染まらず、あくまで“武藤流”で勝つことにも意味がある。新日本、さらにはアメリカ。武藤とムタ。誰にも真似のできないキャリアで培った力を総動員すれば、58歳での戴冠も不可能ではないはずだ。何より「数々の記憶に残る試合をやってきた」と言う日本武道館に入場曲『HOLD OUT』が鳴り響いた瞬間、会場が“武藤色”に染まる可能性もある。
「生きてるって感じがしますよ、俺自身」
タイトル挑戦にそんな言葉も出た武藤。「老いぼれ」が誰よりも輝くこともあるのがプロレスだ。
文/橋本宗洋
写真/プロレスリング・ノア