感染者数のニュース速報やコメンテーターの意見はもういらない? 2021年のコロナ報道に求められることとは
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 人々がコロナに翻弄され続けた2020年。しかし、その背景には、メディアのコロナ報道があったことは否定できない。新規感染者数が過去最多となる1300人を突破した大晦日のABEMAABEMA Prime』では、コロナ報道の問題点について議論した。

・【映像】テレビのコロナ報道は危機感を煽ってる? 2021年にメディアが果たすべき役割とは

■感染者数の速報が不安を煽っている?

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 新規感染者数、とりわけ東京都に関するニュース速報が恒常化してから1年近くが経つ。報道各社が速報を競っていることに対しては、「どれほどの意味があるのだろうか」「煽り過ぎではないか」、さらには「それによって儲かるからではないのか」といった批判的な意見も少なくない。

 キングス・カレッジ・ロンドン教授の渋谷健司医師は「煽る煽らないということとは別に、世界的に見ても、新規感染者数は最もタイムリーなデータだ。重症者数や死者数は遅れて出てくる指標だ。人々が“コロナ慣れ”、“自粛疲れ”してくる中、とにかく感染対策をして新規感染者数を抑えなければならないので、やはり非常に重要な数字だと思う」と指摘。

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 現場で診療に当たる愛知医科大学病院循環器科助教の後藤礼司医師は「新規感染者数以上に内容を報じていただきたいという気持ちが強かったが、そうはいっても感染者数が増えれば、その分だけ重症者も増えるし、ハイリスクな人たちに感染の可能性が広がっていってしまうという部分はある。また、コロナのために使える病床の利用率が取り上げられることも多いが、これは各病院の届け出た時点の状況。その後でスタッフが感染するなどしていて、実際の現場は数字以上に厳しいということも多い。そこはご理解いただきたいし、受け入れ可能な病床数については、速報値を報じることも必要なんじゃないかとも思う」とした。

 一方、コンサルティング会社「D4DR」社長の藤元健太郎氏が「やはり重症者数、死者数、他国の状況など、相対的な報道をしないといけないと思う。今の時期、海外でも増えてきているわけで、どこまでGoToキャンペーンが原因だったかも分からないわけだ」と話すと、作家の泉美木蘭氏は「新規感染者数を毎日速報すること自体に意味はないと思う」と断言する。「新型コロナウイルスを根絶させるということはできないし、感染する方は毎日必ず出てくる。速報を続けることで、社会が萎縮していく効果の方が大きいのではないか。北朝鮮がミサイルを発射したとか、大事なニュースは他にもあるし、インフルエンザなど感染症は他にもある。こんなふうにニュース速報を気楽に使っていいのかと思う」。

■素人コメンテーターの意見はいらない?

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 「2ちゃんねる」創設者のひろゆき(西村博之)氏は「社会が萎縮することで感染者数が減り、重症者や死者が減るのではないか。結果として煽り過ぎではあるが、もうちょっと煽っておいた方がいいのではないかという気もする」との見方を示すと、泉美氏は「報道によって、感染した人=悪というイメージが付いてしまった」と指摘する。

 「例えば自粛要請期間中にパチンコ店に並んでいる人たちにインタビューして回り、悪に仕立てあげていったと思う。また、繁華街で働いている人たちのことを“夜の街”という言葉で括り、諸悪の根源であるかのようなイメージをメディアが振りまいてしまった。ものすごく大きな罪があると思うし、見ていて腹が立った」。

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 藤元氏は「テレビと新聞、雑誌は分けて考えるべきだ。中でもテレビは撮影した映像を感情的に伝えた方がインパクトもあるので、人々の“怖い”とか“恐ろしい”、あるいは“かわいそうだ”とか“大変だ”という感情を呼び起こすような報道になりがちだ。そして、そうした感情を助長するSNSがある。テレビが感情に訴えて、それがSNSに乗ってバズるという連鎖が起きるということを踏まえた上での報道というものを考える必要がある」と訴える。

 「一つ一つの情報を単独で出していくだけでは、恐れなどの感情だけが拡散してしまうようになる。やはりメディアは議論の“軸”を設定するべきだ。例えば“命か経済か”という対立軸にしがちだが、これは言い換えれば“コロナを撲滅するのか、コロナと共存するのか”という対立軸であって、双方に対しての意見をしっかり示し、どのくらいの期間ロックダウンすれば撲滅できるという考え方なのか、そのためには、どんな制度的な問題があるのか…といった議論がなされていないことが問題だと思う」。

 また、テレビの情報番組のコメンテーターなどの意見に対しても、「医療の話を一般人であるコメンテーターが聞き、反応するという構図があまりにも多過ぎる。そうではなく政策を考えている人などを呼んで議論させるような工夫が足りなさ過ぎだ。医療者はあくまでも命を守る立場からの発信なので、最終的にバランスを取る官僚と政治家へのアプローチをしっかりやってほしい」とした。

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 ただ、コロナをめぐる報道に対しては専門家の分析に対してもしばしば批判が集まった。“ニューヨークの今の姿は2週間後の日本だ”といった警鐘に対しても、結果として現実にはならなかったがために、注意喚起だったとしても不適切だったという意見もある。

 泉美氏は「はっきり言って“占い師“みたいな状態だったと思う。例えば渋谷さんは春ごろ、“日本で数十万人死者が出る可能性がある”とおっしゃっていた。しかし私の生活実感としては、周囲にインフルエンザに感染した方はいても、コロナに感染した方はいなかった」と疑問を投げかける。

 渋谷医師は「不確実なものについては、科学者の間でも意見の相違が出てくる。ただ、報道においては根拠、あるいは原典にあたることは非常に大切だ。その点、日本ではネイチャーやニューイングランドジャーナルなどの一流誌を見て報道することは非常に少ないと思う。それから、平時から信用できる人が発言しておらず、緊急時においても突然出てきた人が海外で議論されていないようなことまでファクトであるかのように話してしまう。そこはメディアが精査すべきだと思う」と指摘。

 その上で、「“8割おじさん”と呼ばれた西浦博先生のモデルにおいても、その時点でのパラメーターを使ってやると“何もしなければ40万人以上”、という結果が出たが、予測というのはその時点で人々がどう動くかといった予測、シナリオによって逐一アップデートしている。そうしたモデルに基づいた報道によって人々の行動が制限されたことで非常に早期にピークアウトしていった面はあると思うし、僕は価値があったと思う」と答えた。

■検証せず垂れ流し? 2021年のメディアに求められる責任

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 また、ひろゆき氏は「藤元さんの言う“議論の軸”の問題以前に、発言に根拠があるのか、そこをメディアが説明できるかどうかだ。渋谷さんが言うように、こういう計算をしたらこうなった、という根拠があるなら間違っても仕方がない。しかし例えばBCG接種を実施している国は大丈夫だ、みたいなことを根拠なく主張していた人もいる」と指摘。「泉美さんが“生活実感”と言っていたが、メディアに出ている人が自分の生活実感を根拠に“恐れる必要がない”という主張をしてしまえば、それを真に受けてしまう人もいる。これも専門家同様、根拠がないことを言った人はちゃんと叩くべきだ」と話した。

 するとテレビ朝日平石直之アナウンサーは「報じている私たちとしても難しいところがある。例えば知事や公的機関の会見の中で“イソジン“と言い出してしまうようなこともあるが、緊急性もある生放送では検証する間もなく、そのまま垂れ流してしまう形になってしまう。マスクについても、WHOの見解もコロコロ変わる。自前の検証機関を持っているわけではないので、そこは専門家の方に話してもらわないと、私たちがやっていること自体の信憑性も担保できない状況にあったと思う」とコメント。

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 しかし後藤医師は「本当に冗談抜きで、なんでそんなこと言ってんの?と思ったことはあった。大変申し訳ないが、医療現場では、むしろイソジンから“脱イソジン”。気をつけようねという話まで出ていた。それなのに、あの報道によってイソジンを買いに薬局に走ってしまった市民が出てきたわけだ」と反論。

 「専門家たちにとっても初めて対峙するウイルスなので予測が合わないこともあるし、“検証の途中だが、今はこういう考え方をしている”とか“そういうようなものだ”という伝え方をせざるを得ない面もあったと。しかし、それがテレビでは言えていなかったと思う。“知らない”と言うことすらも許されてなかったり、“何か答えなければ”という責任感が出た部分もあったりしたんじゃないか。ここは右へ左へと流されてしまってもいけないので、情報の受け手側も考えないといけないが、僕たち医療者は論文を読む時にも新しい事実があった時にも、必ず“本当に大丈夫かな”と疑ってかかる、“批判的吟味”をする。それでも正しいと思った時に、初めて受け入れる。それはマスクについてもそうだ。今、人類が始めてマスクの実験をしているところだ。批判的根拠を組み合わせて行く中で初めて真実に行き着くのが医学。それをメディアが途中の段階で取り入れたり、アウトプットしたりしてしまうと、後に問題になってしまうのだと思う」。

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 さらに後藤医師は「今までの感染症や他の疾患との比較、経済との比較がなされ、経済が廃れてしまうことすらも医療者が容認しているように見られているが、それは良くない。僕だって自由に飲みに行きたいし、遊びにも行きたい。体育館が閉鎖され、趣味のバスケットすらできていない。感染を制御したいという気持ちは我々も一緒だ。メディアにお願いしたいのは、決して対立構図ではないということ。また、以前の感染症とは違う部分があるということ。また、診る所や患者によって格差があるということ。だから部分部分ではなく、全体を俯瞰しないと見えてこない。コロナを伝えていく上では、しっかりとした目を持ち、時間をかけて見ることで初めて真実が伝えられるんだということを考えてほしい。恐怖を煽ってでも人々を統治をしなければいけないという側面もあるかもしれないが、それはゆがみやリバウンドとなって返ってくることにもなる。政治も含め、“正しい声がけ”が必要だと思う。そこはより良い表現がなかったのかを考えるとともに、相互理解と対話をしなければならない。一度、ちゃんと現場を見て頂けるとありがたい。僕らが何を困っているのかというのももう少し聞いていただく時間があると、すごくいいと思う」と訴えた。(ABEMA/『ABEMA Prime』より)

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