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 頭脳スポーツ・テーブルゲーム界に一石を投じる挑戦だ。プロ麻雀団体「RMU」は、対戦型麻雀ゲーム「雀魂」を用いての、公式タイトル戦開催を発表した。これまで、いわゆる「ネット麻雀」を利用した大会は、プロが参加するものもあったが、プロ団体の公式タイトル戦は異例中の異例。さらに決勝卓など、大会が終盤に進むとリアル麻雀に移行するものも多いが、今回の大会は予選から決勝まで、全てネット麻雀でやり通すという。将棋・囲碁といった他の競技でも、カンニングやソフト使用といった不正を避けるために、ネット対戦での公式戦には慎重な姿勢がある中、なぜこのタイミングで麻雀のタイトル戦が“参戦”したのか。所属プロが300人を超すRMU代表のプロ雀士・多井隆晴に経緯を聞いた。

【動画】多井隆晴が活躍するプロ麻雀リーグ「Mリーグ」

 一時は国内に3万を超える店舗数があった雀荘も、今では1万を割り込んでいる。また昨年来の新型コロナウイルス感染拡大もあり、リアル麻雀が打ちづらい状況も続いている。それでもネット麻雀はファンの拡大が進んでおり、専門アプリも人気で、大人気RPGのオプション機能として麻雀を追加したところ、世界中でファンを獲得したという事例も出るほどだ。プロ麻雀リーグ「Mリーグ」の渋谷ABEMASでもリーダーとして活躍する多井だが、麻雀ゲームとしては後発ながら一気にユーザー数を伸ばしている雀魂については早くから注目。またこのゲームを通して、人気VTuberとの交流も深めてきたことが、この大会誕生へとつながった。大会は、アマチュアのネット麻雀ユーザーとともに、普段はリアル麻雀で戦うRMUのプロが、同条件で戦う。

 多井隆晴(以下、多井) 以前からネット麻雀で強い人と麻雀プロ、変なすみ分けができていたんですよね。どっちの方が強いのか、みたいな。僕はお互いが認め合う世界にしたいんですよ。何十年とかけて積み重ねてきた麻雀プロの実績も重く感じたいし、ネット麻雀で何十時間、何百時間と打った人たちの熱意、技術の研磨もすごいから、比べられるものでもない。焼肉とお寿司、どっちがおいしいかみたいな話なんですよ。お互いにおいしいところはあるから、共有し合えばいいのに、お互いが認めないところがあった。僕はどちらもリスペクトしているから、もっと交流しようと思ったんです。

 これまでもネット麻雀の大会こそあったが、多井に言わせればそれは「一部の人間の交流で(リアルとネットの)全体の交流はできていなかった」のだという。それぞれのよさがプライドでもありながら、同じ麻雀であっても交わらないのは、将来の麻雀界にとってマイナスでしかない。そう考えた。

 多井 このままだと麻雀プロ側から行くことはないだろうし、向こうからも来てくれない。だから僕の方から行かないといけないかと思って、VTuberの人や、麻雀配信をしている人に絡んでいったんです。

 このタイトル戦に踏み切るきっかけとなった一つの企画があった。昨年末のイベントだ。麻雀配信で人気のVTuberで雀魂でも活躍する千羽黒乃、鴨神にゅうに、多井と同じくMリーガー鈴木たろう(赤坂ドリブンズ、最高位戦日本プロ麻雀協会)の計4人で、対戦企画を実施した。イメージは近年、年末の風物詩になっている格闘技イベントだ。反応は上々。YouTubeでライブ配信したところ、数千どころか万単位のファンが同時接続した。

 多井 雀魂のファンが僕たちのことをすごいと言ってくれたし、僕たちのファンもあの子たちのことをすごいと言ってくれた。これは感触があるなと思いました。

 成功の実績で、ネット麻雀での手応えは強く感じた。ただ、その先には「プロ団体による公式のタイトル戦」を開催する上で、乗り越えなくてはいけない壁があった。カンニング、ソフト使用による不正の問題。そしてリアル一筋で打ってきたプロ側の理解の問題。実際に「牌を使わないと麻雀じゃないと思っている人もいる」のが実情だ。それでも、麻雀における数々の挑戦をしてきた多井は、ファンを増やし続けているMリーグにもヒントをもらい、開催を決めた。

 多井 Mリーグのルールは赤ドラアリじゃないですか。それは大衆に合わせたものだと思っているんです。麻雀プロ団体の公式ルールで、重いタイトル戦に赤アリのものはない。だけど、今の流れはそちらに向いているし、たくさんの人が見てくれている。Mリーグはプロのものじゃなくて、ファンのものなんですよ。だからウケている。もしルールを全て麻雀プロで決めていたら、こんなに流行っていない。もしかしたら一発・裏ドラもなかったかもしれないですからね(苦笑)。

 麻雀プロが強く持ち続けていた「ルール」というこだわりを、プロではない人々の意向に沿って変えたところ、ファンに受け入れられた。こだわり過ぎないこと、ファンに寄り添うことでさらなる広がりがあるのなら、ネット麻雀にも寄り添うべき。そう考えた。また多井は昨年末、国内におけるプロ・アマ最大の大会「麻雀最強戦」でも優勝、初の最強位にもなった。新たな挑戦をするには、これ以上のタイミングはない。麻雀界への恩返しにと、実施に迷う点はなかった。

 ネット麻雀による公式戦。やはりルール、環境は大いに気になるところだ。今回、全てネットで通すことが明かされているが、不正対策はどうするのか。多井から出てきた言葉は意外と思われるものが多かった。

 多井 最初の予選はすごくハードルの低いものにしました。雀魂の中で、「高段位になれ」というものにすると、反則行為も出てしまうかもしれない。それをチェックするのも大変なので、10何試合かすればクリアできるほどのものにしました。このぐらいのレベルからわざわざ不正をする人もいないでしょう。それから二次予選。ここは厳重にしました。大きな会議室のようなところを借りて、そこに用意された席でログインしたものだけを有効にします。着席していない時のログインは認めない。もちろん密にもならないようにします。試験会場みたいな感じですね。

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 一次予選はネット麻雀、二次予選は会場にいるという意味では一部リアルと掛け合わせた形を取った。ではその先、本戦以降はどうするのか。ここからはさらに予想外のものが出てきた。信じたのは「衆人環視」だった。

 多井 本戦、準決勝、決勝は全部、同時接続で数千人が見ると思うんで、正直(不正は)やれないです。「やれるもんならやってみろ」という感じですね。もし何かあれば、全部僕が責任を取ります。ただ、不正についてはネットだけじゃなく、リアルでも起こり得ることだとも思っています。たとえばリアル麻雀でも、2人のうちどっちかをトップ取らせようぜっていうインチキ行為は、あるかないかわからないですが、ない前提で進めているもの。だから、ネット麻雀だけそう言われるのはおかしい。やろうと思えばどこでもできるし、やらない前提で行われているものなので。

 将棋、囲碁のような完全情報ゲームではなく、麻雀は相手の牌や山に積まれた牌が見えない不完全情報ゲーム。視聴者は4人の手牌を見ながら楽しむが、当然対局者は見えない。全てが見えている数千人の神の目を持った“審判”がいる中で、不正を働く度胸があるものがどれだけいるか。また、麻雀を打つものとして、不正はしないという前提、紳士協定も信じた。多井は、ネットでの対戦をこの大会だけに留めるつもりはない。全国にいるプロ雀士が、リーグ戦をはじめとする競技会に一同に介して参加するのは大変だ。ただ、これがネットで解決するならば、自宅からでも参戦できる。これは麻雀プロ団体の発展にもつながっていく。

 最後に聞いたのは、リアル麻雀とネット麻雀の違いと、レベルの差だ。プロ麻雀界において、「最速最強」という異名を持ち、数々のタイトルを獲得してきた多井にして、ネット麻雀だからというデメリットは特になく、またプレイヤーの成長速度はむしろネットの方が優位に立っているというのが持論だ。

 多井 レベルは変わらないですね。たとえば鳴きのところでタイムラグがあるからネット麻雀はバレると言うんですが、そういうのを気にする人は、得した時は自分の手柄にして、損した時だけネット麻雀のせいにするんです。それってリアル麻雀と一緒なんです。表情癖で読めた時は自分の手柄で、失敗した時は三味線だって言い張る。だからそんなものは関係ないんです。それに、瞬間的にうわっと成長する、上に行くのはネット雀士ですね。たとえば1年間、リアル麻雀をやるにも限界があるんです。週に3回やるのが限界ですが、ネット麻雀は無限にできるじゃないですか。1年のキャリアで、ネットの方がうわっと上手になりますね。ケタ違いです。こなせる数が全然違うので。

 多井自身、長年に渡りプロ雀士で集まり、研究を深めていった。Mリーガー村上淳(赤坂ドリブンズ)には、自分で悩んだことがあれば、局面の画像をメールで送り、すぐに電話して1時間でも2時間でも検討を重ねる。実際に集まって行う研究会など、数え切れないほどやってきた。そんな男でも、ネット利用の優位性には舌を巻く。

 多井 勉強する環境が違いますね。たとえば僕がリアルの対局に行っても、1時間で3人としか麻雀できないし、勉強もできない。だけどネットだと、僕が1半荘打つと数千人が見る。僕に限らず一般の人でも牌譜を共有できる。Twitterで「何切る?」を出すと、数千人が見て議論する。それがまた枝分かれして数万人の議論になる。もう全然違いますね。狭い世界で何人かの専門家でやっていた研究が、今はすごく大勢で研究するようになったので、おかげで助かっているところもありますね。僕が知らなかったことも正直ありますね。毎日、発見ですよ。

 ネット麻雀出身の代表選手には、「天鳳」の最高峰である「天鳳位」を2度獲得した朝倉康心が、後にプロ入りし、今ではMリーグのU-NEXT Piratesで活躍している。ネット雀士がリアル麻雀でも十分活躍できるという代表格だが、多井からすればこれからまだまだネット出身の実力者が生まれるのが必然だという。今回のタイトル戦で優勝した選手は、団体をあげて盛り上げ、スター選手への仲間入りに力を貸していく構想もある。

 多井 朝倉選手は天鳳位になって今Mリーガーなんて、誰が予想しましたか。だから今度は魂天(雀魂の最高峰)からMリーガー、第2の多井隆晴が生まれても、なんらおかしくないんです。将棋の世界だってAIが出てから、新たなスターがどんどん生まれている。麻雀もそうなってほしいんですよ。

 プロ麻雀界、さらには頭脳スポーツ・テーブルゲーム界の考え方を大きく変えるかもしれないタイトル戦は、3月に幕が開ける。

Mリーグ2020 - 本編
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