2018年にデビューしたプロレスリング・ノアの稲村愛輝は、182cm、115kgの純正ヘビー級パワーファイターとして期待を集めている。ボウズ頭(少し前まではモヒカン)のいかつい風貌だけでなく試合ぶりもド迫力。藤田和之や鈴木秀樹にも真っ向勝負を挑み、敗れるも高い評価を得た。
藤田がノア参戦を表明した際には真っ先にリングで対峙、張り手から相手が得意とするタックルを見舞った。
「完全に無意識でやってました。“向かっていかなきゃ殺される”っていう感覚でしたね」
藤田が相手でもケンカを売る新鋭は、同時に“文化系レスラー”でもある。映画マニアでTシャツ界の“悪童”ことハードコアチョコレート(コアチョコ)のアパレルを愛用。同店が経営するバー「バレンタイン」でバイトもしていた。プロレスラーのバイト歴としてはなかなかレアだろう。店でのニックネームは「らぶお」だった。
「ツイッターでバイト募集の告知を見て応募したんですけど、よく考えたら女性のみの募集だったんですよね(笑)。でもコアチョコによく行ってたので顔を覚えてもらっていて、働けることになりました」
当時の稲村は大学生。学生プロレスに熱中していた。柔道と相撲の経験者だが、大学では学生プロレスがやりたかったという。
「受験の時も“大学名 学生プロレス”で検索して、学プロができる大学に行きたいなと。場所もできるだけ都心というか、プロレスを見に行きやすいところから選んで(笑)」
大学を出た後、すぐにどこかの団体に入ることもできたはずだ。だが稲村は“プロレス浪人”の道を選ぶ。
「MUNEさん(コアチョコ代表)のアドバイスが大きかったです。どうせやるなら大きい団体を目指したほうがいい、せっかく身長・体重が入門規定を満たしてるんだからって」
文化系の趣味でヘビー級の体躯、学生プロレスから“名門”ノアへ。独自の個性を持つ稲村は、拳王率いるユニット「金剛」に入ることで貴重な経験を積んだ。
「金剛は反体制の集団なので、周りが全部敵。そこにいたから藤田さんや鈴木さんとも闘うことができた。周りが敵だらけの中で、試合になれば一番キャリアの浅い自分が狙われる。そういう経験も大きかった」
だが昨年、稲村は金剛を脱退する。経験を積むだけでなく結果を出す時期だと考えたからだ。
「試合の中で“これは稲村が最後、狙われるな”じゃなく“この試合は稲村が勝って終わりそうだな”とならないと」
昨年12月には、同じ20代の清宮海斗と組んでタッグ王座に挑戦した。2月12日の日本武道館でも清宮と組む。相手は丸藤正道と秋山準。ノア旗揚げメンバーだ。
「ノアの武道館大会を知り尽くした2人と、武道館を知らない、初出場の自分たちの闘い。若い力を見せなきゃいけないカードですよね。お客さんの目は相手に行くと思います。まして久々にノアを見る人もいるはずなので。僕を初めて見る人もいるでしょう。そういう中で存在感を見せないと」
対戦カードを聞いた瞬間に「一瞬で武道館大会を実感できたというか、気持ちに火が付きました。デカいことをやらなきゃいけない、と。一発食ってやろうって思ってます。この相手に小細工しても仕方ないし、自分は小細工するタイプでもない。持っているものをぶつけるだけですね」
現在の体重は、実は入門前と変わらない。ただ質が違う。新弟子時代に100kgを切るまで無駄な肉が落ち、そこからまた体重を増やした。
「体を大きくするには、シンプルにいっぱい食って重いものを挙げるっていう。目指してるのは生き物としての強さですね。人間という種の中で一番強いのがプロレスラー、そういう感覚でやってます」
潮崎豪のチョップとラリアット、丸藤のチョップ、杉浦貴のエルボーに拳王と中嶋勝彦の蹴り。ノアは「シンプルな強さを示す団体」だと稲村。生き物としてのシンプルな強さを見せつけるには、武道館という大舞台、ベテランタッグという対戦相手はうってつけだ。
文/橋本宗洋
キャプション
2.12武道館で大勝負に挑む稲村