「清宮が期待の星っていうのはわかるんだけど、もっとスピーディに成長してほしい」
「まだ安パイの域は脱していないというか。まあ、俺もノアの一員として、親切丁寧に潰しにいきますので」
3月14日に福岡国際センターで行われる清宮海斗とのGHCヘビー級初防衛戦を前に武藤敬司は余裕の言葉を連発している。
しかし、本当に清宮は武藤にとって「安パイ」なのか? 昨年8月10日の横浜文化体育館での初一騎打ちでは武藤が勝っているが、その内容を掘り下げると「安パイ」と決めつけているのはブラフではないかと思えるのである。
初となった一騎打ちは、キャリアの差を考えれば、清宮の存在がまったく消された“武藤敬司の単独作品”になる可能性もあった。
「俺、プロレスをやる上で最初の5分ぐらいが一番好きだよ。お客がシーンとして集中してくれる時の快感が何とも言えない。ここからどう試合を構築してやろうかなって。前菜っていうか、一番面白いところだよ」とは、武藤から以前聞いた言葉。つまり、序盤のグラウンドの攻防で清宮を制圧し、あとは自由にコントロールして、思いのままの作品に仕上げてしまう可能性もあったわけだ。
武藤のグラウンドの強さは誰もが一目置くもので、本人からも「自慢話じゃないけどね、新弟子の頃、グラウンドの練習をするんだけど、誰にも負けなかったよ、先輩にも。そうそう極められたっていう記憶がないんだよね。ああ、1回だけ“何をやんのかな?”って思っているうちに猪木さんに足を取られたことがあるなあ」と聞いたことがある。
だが、清宮は序盤の攻防で武藤にコントロールを許さなかった。しっかりとグラウンドに付いていき、まずは武藤の爆弾を抱える膝を狙い、中盤からは左腕に一点集中攻撃。しかも様々なバリエーションでの腕攻めを見せて、観客を飽きさせなかったのである。
【視聴予約】3月7日(日) 15:30 ~ 21:00 NOAH「GREAT VOYAGE 2021 in YOKOHAMA」
格闘技経験がないままノアに入門した清宮は、スパーリングで先輩たちに落とされっぱなしだったというが、小川良成という職人肌の先輩、デビューわずか半年で鈴木みのるに揉まれるなどの経験を積み、大技だけでなく、細かい技術も磨いてきた。結果、試合=作品は武藤と清宮の合作になり、27分7秒ものロングマッチになった。
「途中、こいつの策略に俺、はまってるなと思った」という試合後の武藤のコメントは本音だっただろう。この試合があったからこそ、ノアの未来を清宮に見たからこそ、武藤は本腰を入れてGHC獲りに動き出したのではないか。
さて、最後の前哨戦は3月7日の横浜武道館での6人タッグ。3・14福岡のタイトルマッチ本番を前に、果たして清宮が「安パイ」なのかを見極める重要な試合だ。精神的優位に立とうとする武藤の姿勢を清宮が崩せるのか? 特に序盤の何気ない地味な攻防こそが見所になる。
2・24後楽園の試合後に丸藤が「武藤さんを攻略するには、麻雀を覚えた方がいいんじゃないか?」と冗談交じりに言うと、武藤は「俺、麻雀弱えんだよ」と返して報道陣の笑いを誘ったが、この言葉の中に本当の気持ちが隠れているのかも……。
文/小佐野景浩
写真/プロレスリング・ノア