3月21日のK-1有明大会の中でとりわけ予想外だったのは、菅原美優vsNOZOMIの試合だった。菅原は前回の試合でKrush女子アトム級王者となり、K-1初参戦。対するNOZOMIは16歳の新鋭だ。アマチュアで70戦以上のキャリアを積み、プロでもデビュー3連勝を飾っている。
「勢いがあって技術もある」と、菅原はNOZOMIを警戒していた。Krush王座の初防衛戦で当たるとしたらNOZOMIではないかという予想もしていたそうだ。戦前の勝敗予想で自分が勝つ予想が多いと知った時は「逆にバカにされてるのかなと思いました(笑)」。NOZOMIが勝ってタイトル挑戦をアピールする。そんな展開も充分にあり得るマッチメイクに思えた。
だが実際には、ワンサイドで菅原の勝利。判定決着だったがダウンも奪っている。ここまで差がつくのは予想外だった。
遠い間合いからの攻撃を得意とする菅原。この試合でも得意の前蹴りが冴え渡った。ボディだけでなく顔面にも何発も決まる。前回の王座決定戦もそうだったが、相手が警戒していてもよく当たるのだ。実は顔面への蹴りは、小学生時代、ジュニア空手から得意だった。
「ジュニア空手は男子も一緒で、しかも階級が50kg以下。今(45kg)より重いんです(笑)。自分の倍くらいの体重の男子と闘うから、パワーでは勝てない。ただ顔面に蹴りを当てると“技有り”になるので、そればかり狙ってました。それが今になって活きてるんですかね」
遠い間合いの蹴りが警戒され、うまく決まらないようならパンチでも勝負しようと決めていた。今回、試合に向けてのミット打ちは大半がパンチ。「蹴りのミットは片手で数えられるくらいしかしてない」という。パンチを重視することでスタンスが変わり、重心が変わり、結果として蹴りもあたりやすくなった。
NOZOMIにしてみれば、自分のフィールドのはずのパンチで菅原が臆さないどころか打ち合ってきたのだからやりにくかったはずだ。パンチが蹴りを活かし、蹴りがパンチを活かした。2ラウンドには菅原がダウンを奪っている。
蹴りをさばいてNOZOMIが強引に前に出ようとしたところへのカウンター。きれいに右ストレートが決まった。
「遠い距離のパンチ、特に重心を後ろに置いてのストレートは練習してました。それが出ましたね。成長が見せられる試合になったと思います」
試合ごとに強くなっている菅原だが、今回は特に大きく成長したように見える。Krush王者となって自信をつけた、あるいは吹っ切れた部分もあるようだ。チャンピオンとしてのK-1参戦。憧れの舞台に緊張もあった。先輩のKANAと「ただ勝つだけではダメだ」という話もした。試合前夜は吐くほど緊張した。それでも「練習でやったことを出すしかない。それで負けたら美優が弱かっただけなんだから」と開き直ることができた。
菅原にとっては、Krushのベルトを巻くことが一大目標だった。ベルト姿でKANAと一緒に写真を撮りたい。そんな思いで頑張ってきた。それまでは絶対に負けられないという思いだった。
その目標は、前回のタイトルマッチで達成された。「もともと欲がないタイプ」の菅原は、目標を成し遂げてプレッシャーからも解放された。自然体になることができたと言ってもいいだろう。もちろん王者としての責任感はあるしKANAとともにK-1女子を盛り上げたいと思っている。アトム級にもK-1のベルトがあればと思う。しかしそれは先の話で、今は「○○しなければ」ではなく純粋に格闘技に没頭できている。
「いま本当に格闘技が楽しいんですよ。ジムも凄く好きです。いい環境で幸せだなぁって」
仲間に恵まれ、その仲間たちと練習して試合に臨む。お互いに励まし合い、自分が勝って次の選手につなげる。全員の試合が無事に終わって控室でスマホを囲んで大会中継を見ながら、心の底から「頑張ってよかった」と思う。
「そういう時、本当に息してるだけで幸せで(笑)」
いいですね、青春ですねと言うと菅原は「青春なんですよ~」と素直に笑ったのだった。
文/橋本宗洋