12年もの間、たった一人で山に籠り、天台宗の宗祖・伝教大師最澄の“身の回りの世話”をする「十二年籠山行」。先月、この“日本一厳しい荒行”ともいわれる修行を、総本山・比叡山延暦寺本行院の渡部光臣住職が満行(達成)した。
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戦後では7人目という偉業。4日の『ABEMA Prime』では、世間との一切を遮断しなければならない苦しさ、そこから見えてきたものについて、戦後6人目の達成者である延暦寺観明院の宮本祖豊住職に聞いた。
■“テスト”の時点で二度のドクターストップ、3年かけて“本番”へ
「十二年籠山行」の過酷さは、修行に入るための“テスト”から始まる。気を失うこともあるという「好相行」だ。
「最澄さんにお仕えするために、まずは自分の心を清めます。お経には“心が清まったら、目の前に仏様が立つ”と書かれているので、それに従って修行をするのが、このテストです。ここで合格して初めて、十二年籠山行に入ることができるということです。お経を唱える中で立ったり座ったりするのですが、1日3000回、意識が無くなって倒れてしまったら別ですが、それ以外は礼拝を続けます。それも毎日毎日、続けます人間ですので、当然のことながら煩悩がたくさんあります。それが礼拝によって思考能力がなくなっていくと、心が次第にきれいになっていき、やがて仏様が目の前に立つと言われています」。
不眠不休、横になることさえ禁じられているため、宮本住職も二度のドクターストップを経験。3年かけ、ようやく阿弥陀仏の姿を確認したという。
「3000回となると、1日に15時間ほどかかります。食事、トイレ、水をかぶって身を清める以外はお堂の中で礼拝をし続けるので、2日目、3日目…とやっていくうちに、当然のことながら体力的にも限界が来て苦しいことも出てきます。仏様の姿を見たと言っても、幻覚、あるいは“見たい見たい”と思ってことによる“思い込み”ではないか、ということにもなります。そこは先輩の指導僧に話をして、“本物の仏に会った”というふうに認められなければ、満行にはなりません」。
■「死に目にも会えないかもしれないというのは、やはり親不孝かなと思いました」
一度「十二年籠山行」に入れば、12年もの間、自身の病気はもちろん、たとえ肉親が亡くなったとしても中断は許されない。例外は「死」か「還俗(出家をやめる)」かのいずれかだ。
「私の場合、まずお坊さんになるときに親に反対されました。説得をして、“自分の好きなように生きたらよろしい”と了解を得られましたが、やはり両親に会えない、もしかしたら死に目にも会えないかもしれないというのは、やはり親不孝かなと思いました。両親としても、息子に会えないというのは非常に辛い部分があったのではないかと思います。両親だけでなく、世俗との関係を一切断ち切って籠る形ですので、まさに誰にも知られません。修行中であることを知らない方が、同じ天台宗の中にもたくさんいらっしゃいました」。
午前3時半に始まる修行は、起床してすぐの朝のお勤めから。最澄と自身の朝食を準備し、その後は読経と祈祷。午後になると座禅と写経、さらに落ち葉一つ、塵一つ許されない清掃だ。また、朝10時以降は何も食べず、午後10時には就寝する。
「修行の最中は非常に充実した毎日を送っていました。食べものに関しても困ったことはありませんでしたが、修行は非常に過酷だったので、やはり何度も挫折しそうな、きつい場面がありました。もちろん毎日仏様が見えているわけではありませんが、最澄様にお仕えしたり、その声を聞いたり、あるいはこういうふうに思っているのではないかと、心の部分に訴えかけるものは非常にあったと思いました」。
■「後継者が出てこない場合、そのまま続けるということになります」
実はこの修行、12年が経過しても、次に入ってくる住職が現れるまで続けられるのだという。
「非常に過酷な条件の中で過ごすため、十二年籠山行に入った歴代の方のうち、2~3割は途中、病気等で亡くなられています。比叡山には今、住職が70人ほどいますが、仮に後継者が出てこない場合、そのまま続けるということになります。私の場合、21年目で渡辺さんに交代し、ひとつの区切りとして籠行を終え、下山するということになりましたが、お坊さんとしては一生かけて修行が続くと言えます。そのような感じで、江戸時代の元禄の頃から400年ほどの間、途切れていません」。
修行を終えた時、どのような実感があったのだろうか。
「修行が終わってから、というよりも修行の最中から、非常に過酷な、死のギリギリのところまでいくと、多くの人の助けがあって自分が生かされているということをひしひしと感じるようになりました。そのことを感じながら、毎日修行させていただいていました。自ら志願して入った、非常にやりたかった修行なので、終えられたことを非常に喜びました。ただ、俗にいう“悟り”なんていうのは得られませんし、煩悩もあるので、他の方と変わりません。ただ仏様を監督するという身分でもって、人間の目に見えない神様、仏様がいるといった問題を自ら体験し、信仰することができたくらいです。あるいは自分自身をよく知ることで、自分の欠点というのはある程度、克服できる。そういったことができたかな、というのが一番大きいです」。
■「どこへ行ってもニンニクの臭いがきつくて気持ちが悪くなりました」
「山を下りて、次の日に故郷の両親に会いに行った」と話す宮本住職。下山後には、様々な身体感覚の変化もあったという。
「修行中は精進料理ですので、肉魚を食べようと思っても、すぐには身体が受け付けない感じで、むしろどこへ行ってもニンニクの臭いがきつくて気持ちが悪くなりました。また、車に乗って比叡山のドライブウェイを下りたのですが、やはり歩く以上のスピードを目にすることがなかったので、景色に目が追いついていかず、なんとなく車酔いするような感覚もありました」。
こうした不思議な感覚は、他人との会話でも。
「やはり20年もの間、他人とほとんど接することがない、会話がないという状態だったので、延暦寺、あるいは天台宗の方から修行の話を聞かせて欲しいと言われても、やっぱり自分の思ったこと、考えていることを言葉に出すというのが非常に難しい。“人に伝える”ということでの苦労がありました。いわばコミュニケーション能力が非常に落ちてしまったため、今度は、社会で経験を活かして人のために何かをしようというときに、大きな壁になってしまう。そこはある意味で“バランス”のいい修業、籠るにしても、期間を決めて修行をする。そして社会との関わりの中で多くの人のために、という修行も大切になってくるのではないかと思いました」。
■「心の部分が貧しくなったり、道徳の部分が抜け落ちたりしている」
ジャーナリストの佐々木俊尚氏は「いわば“ミニマリスト”みたいだ。最近、一汁一菜みたいな食事がブームになったり、スポーツジムに行くことや自転車に乗ることを繰り返す人が増えたりと、日々を淡々と過ごすことが幸せなのだという思考に、社会が少しずつ進んできていると思う。
一方で、今や日本人にとって仏教は“葬式仏教”というひどい表現をされるくらいだし、カトリックやプロテスタントでも“教会離れ”が進んできている。その一方で、スピリチュアルや自己啓発本などがブームになっている部分もあるので、やはり健全な形で宗教が復活してくる必要があると思う。
そこで必要なのが、言葉で教義を説明するのではなく、このように成し遂げられた方がいらっしゃって、お目にかかることができるという体験だ。天台宗は大乗仏教なので、達成したご本人だけに意味があるのではなく、その存在を人々が知ることが大事だと思うし、“こういう方がいるのだから、もう一回宗教を信じていいのではないか”という気持ちになるステップになると思う」とコメント。
宮本住職は「戦後になり、物質的な部分の繁栄は非常に豊かになりました。スマホなど、文明的な部分でも色々な機械が出てきて便利になりました。その分、心の部分が貧しくなったり、道徳の部分が抜け落ちたりしている面があると思います。特に政治と宗教は切り離さなければいけないという戦後的な考え方の中で、仏教的な部分を含めて、非常に大切な部分が落ちているんだという警告を世の中に発信していかなければいけないのではないかと思っています。そういう中で、若い人たちの間でマインドフルネスなどに関心が出てきています。古典的な仏教の考え方、やり方でなくても、現代に合った方法で自分自身を見つめていくのは非常にいい傾向だと思います」と応じた。
■「煩悩、あるいは欲を否定するわけではなく、それらをうまく利用して成長していく」
学生や企業の研修の講師も務める宮本住職。座禅や写経、食事の作法などを通じて、“人のために何かをする”修行、「化他行(けたぎょう)」を実践する。コロナ禍で人々の孤独感が増したとも言われる中、次のように警鐘を鳴らした。
「自分自身を見つめるのは非常に大切なことですが、その中で気をつけなければいけないのは、ともすれば欠点のような部分ばかりを見つけてしまい、逆に不安を抱いたり、自分はダメな人間ではないかと思ってしまったりと、マイナスの結果ばかりが出てしまうことです。そうではなく、良いところも見ていくことが大切だと思います。
また、煩悩、あるいは欲を否定するわけではなく、それらをうまく利用して成長していくこと。お釈迦さんも煩悩をなくして悟りましょうという考え方でした。けれども、その考え方だけでは時代に付いていけなくなる。そうした中から大乗仏教というのが起こってきて、中国、朝鮮半島を通して日本に入ってきた。煩悩をなくして悟るのではなく、煩悩をうまく利用して悟っていこう、成長していこうという修行方法に変わってきたということです」。(ABEMA/『ABEMA Prime』より)
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