自民党が今国会での成立を目指す「LGBT理解増進法案」。『ABEMA Prime』では、法案の意義や課題について、2週にわたって議論した。
・【映像】LGBT法なぜ必要?自民党が差別禁止を書かない理由は?
法案の正式名称は「性的指向および性同一性に関する国民の理解増進に関する法律」。文字通り、性的指向・性同一性の多様性を受け入れる精神の涵養、多様性に寛容な社会の実現をすべく、“国民の理解”の増進に関する施策を推進するというもので、自民党の「性的指向・性自認に関する特命委員会」(委員長:稲田朋美衆院議員)が議論を進めて来た。
ところが法案には自治体、学校、企業などに理解増進を求める“努力義務”を課しているものの、実際には“骨抜き”になる可能性があるとの批判が上がっているのだ。
■「差別的取り扱いについては、国に“ダメだ”と示してほしい」
3日の『ABEMA Prime』に出演した一般社団法人「fair」の代表理事で、ゲイであることを公表している松岡宗嗣さんは「差別の禁止と理解の増進、両方が必要だ」と指摘する。
「自民党案は、"理解を広げる”で留めようとしているのが非常に問題だ。トランスジェンダーであることを理由に10社連続で落とされてしまった就活生や、同性愛が他の生徒に感染するからとクラスから追い出されてしまった生徒など、差別的な扱いをされた人たちが実際にいるのに、これでは“残念だったね、かわいそうだね、理解がなかったからだね”と言われるだけで終わってしまい、当事者が助からない。
もっと問題なのは、“理解”が何を指すのかが示されていないことだ。自民党の複数の会合の中では、トランスジェンダーに対して非常に不適切な、バッシングと捉えられかねない言説が確認されている。そういう認識の中では、差別を助長するようなことが“理解”として広げられてしまう可能性もある。また、自民党は同性婚の導入については慎重な立場なので、地方自治体がパンフレットを制作したり市民講座を開催したりする時に、“同性婚の話は対象ではないからやめてください”と言われてしまう可能性があるということだ。
また、“寛容”という言葉には、過失を犯した人に対して、“しょうがないから許してあげる”というようなニュアンスを感じる。つまり、性的マイノリティには問題があるが、しょうがないからこっちの社会に入れてあげる、ということを目指しているようなものだ。
一方、野党や私たちが求めているのは、“差別的取り扱いは禁止する”と明記した上で、ひとりひとりの認識を広げて、差別のない社会を目指していくこと。LGBTQかどうかに関係なく、全ての人を平等に、ただ“隣にいる人として扱ってほしい”、そのためには適切な認識が必要だが、既に差別的取り扱いを受けてしまっていることについては、国に“ダメだ”と示してほしいということだ」。
■「このままの法案なら、“ない方がマシ”ということにもなりかねない」
一方、複数の野党からは「LGBT差別解消法案」などの法案も提出されており、松岡さんが話すとおり、野党案には事業者に対して差別禁止や合理的配慮を求め、従わない場合は指導、勧告、公表するなどの措置が盛り込まれていた。しかし2016年、2018年と二度にわたって廃案となっている。当事者の中には、「不注意な発言が差別と断定されるリスク、保守層の理解増進の妨げになる可能性がある」という意見もあるようだ。
倉持麟太郎弁護士は「差別というのは絶対的な概念ではなく、相対的な概念だ。だから差別を定義せよということ自体がおかしいし、不合理な区別であるならば、それは差別だ。定義できないから法律にできないというのは、やはり詭弁だ」と指摘。「自民党案は基本法、理念法のような、意味のない法案だと思う。野党が出している、差別禁止のための実効性が確保されている法案の方が一歩進んでいるし、望ましい」と話す。
松岡さんは「そもそも差別とは、悪意があってもなくても起きてしまうもの。野党案では段階的な措置が盛り込まれているが、これが大事だと思う。例えば“ゲイの人のことはよくわからないから、うちでは無理かな”とクビにしてしまうのはダメです、それが分かっていなかったのなら指導をします、それでもダメなら強く言います、最悪の場合、企業名を公表します、ということになる。民事訴訟を起こす際の法律的な根拠にもなる。
その意味でも、9割ぐらいの人が禁止を盛り込んだ法律に賛成しているし、自民党の“差別を定義することは難しく、まずは国民の理解を”という主張は、やはり詭弁だと言わざるを得ない。我々は差別的発言を罰する法律を求めているわけではなく、明らかに合理的ではない差別的取り扱いを罰する法律を求めているだけだ。自民党は保守的な政党だから、こういう法案を作ってくれるだけでもいいではないかという気持ちは分かる。しかし、一旦できてしまった法律はなかなか変わらず、10年以上そのまま、ということもざらだ。ここでちゃんと“差別的取り扱いの禁止”を盛り込まないと、同性婚が認められるのも何十年後になるか分からなくなってしまう。このままでは、“ない方がマシ”ということにもなりかねない」。
10日には、法案をめぐって与野党協議も行われている。結果、「差別禁止」が盛り込まれることはなかったものの、「目的」に「差別は許されないものであるとの認識の下」という文言を加える修正案が示された。稲田衆院議員は「法案の修正は非常に厳しい。ギリギリの線を出している」と話し、これ以上の修正には否定的だ。
■「自民党案は差別を許している、ということでは全くない」
与野党協議の翌11日に『ABEMA Prime』に出演した稲田議員は「右とか左とかのイデオロギー対立ではなくて、どうすればより多くの人が幸せに暮らせるかということを考えるべき時に立っている。伝統的家族観をめぐる議論もそうだが、それによって人と人の繋がりや家族の大切さを守りたいということだと、定義をし直すことが必要かなと思う。法案をめぐる与野党の話し合いはかなり厳しい。こちらもしっかり修正案を出したし、野党の方からもそれに対する意見が出てきている。ただ、時間が限られているので、14日くらいまでには与野党が合意できなければ、(今国会での成立は)難しい」と話す。
その上で、松岡さんらが訴える、自民党案への懸念について次のように説明した。
「理解を深めていくというだけで、差別を許しているのだ、ということでは全くない。むしろ差別のない社会を実現するためにどうすればいいのか、ということで作ったのがこの法案だ。そもそも差別は許されない、あってはならないということは憲法14条で規定されているし、雇用における差別や学校におけるいじめなどはこの法律があろうとなかろうと違法なものであるということは明確だと思う。一方で“何が差別にあたるのか”、ということが裁判でも固まっていない状況だ。現段階では法律に“差別が違法である”と書くのではなく、まずは理解を増進することによって、差別がない社会、それぞれがそれぞれの個性を生かせる社会を目指すということだ。アプローチは違っていても、目指すところは変わらないと思う。
“理解増進と言うが、人の心が変わるのを待っていたらいつまでかかるかわからない。だから差別を禁止することが重要だ”と言われる。実際、私が政調会長として議員立法に取り組み始めた5年くらい前は、今よりももっと理解が進んでおらず、“なんでそんなことやっているんだ”、さらには“それって趣味なんじゃないの?病気なんじゃないの?”と言われたことさえある。それでも今はさすがにそんなことを言う人はいなくなっている。やはり差別的な行為をなくすためには、ちゃんと理解がなくてはならないなというのが私の考えだ。それは何も時間をかけろということではないし、現実に差別を受けている人がいるのに見て見ぬ振りをするということでもない。人権侵害については、法律の中で政府が基本計画も作るし、当事者の方がどこに訴えていいかわからないということについても担当大臣も決めることにしている」。
■「“その話題は怖いから触れたくない”と思ってしまうかもしれない」
他方、自身もゲイであるLGBT理解増進会理事の森永貴彦さんは、自民党案に対して松岡さんとは別の意見を持っている。
「差別はあってはならないということは前提だし、誰もが望んでいることだ。そして、差別の原因には無理解、誤解、偏見があるので、それを解消することが鍵になると思う。今回の法案に差別禁止の条項が入った結果、LGBTなど性の多様性の問題に触れづらいという気持ちを抱いてしまったり、分断が生まれてしまったりする可能性も生じてしまう。例えば私の両親がきちんと理解しているかというと、全くそうではない。その状態で、法律で差別は禁止されていて、罰せられるということになってしまうと、“その話題は怖いから触れたくない”と思ってしまうかもしれない。やはり盛り込むためには慎重に検討する必要があるのではないか」。
ジャーナリストの佐々木俊尚氏は「あくまでも“内心の自由”はあるわけで、表面に出てきた差別的な発言や行動を対象にすべきだ、ということが前提にあるべきだ。今のポリティカル・コレクトネスの流れの中で、“内心の自由”さえも認めないという姿勢の人がいることが懸念される。今回の法案に差別禁止を盛り込んだ結果、それを盾にした、ものすごい“ポリコレ暴風雨”が吹き荒れることがちょっと怖いと感じる部分はある。そういう不安については、リベラル側の人たちも考えたほうがいい。
そして、なんでも法律で決めて、国にやらせばいいというものではないと思う。就職差別などは法律で禁止されなくても、人道的におかしい問題としてメディアが報じるなどして社会に訴え、文化を作っていく。確かに60代、70代になると全く理解していない人もいっぱいいるが、10代、20代の若者にとっては、周囲にカミングアウトしている人がいるのが当たり前になってきている。10年、20年経って、今の30代くらいが社会の中心になれば、みんな普通に仲間にいるということが当り前になると思う」。
慶應義塾大学特任准教授でプロデューサーの若新雄純氏は「人が差別意識を持たないというのは不可能だと思っているし、差別禁止を盛り込むのであれば、より具体的に行為を示せればいいと思う。そして人の意識を変えるのにも時間がかかると思うが、むしろ時間をかけて取り組むべきことだ。“世界はこれが標準だ、そんな考えは古い”というような理解だけではなく、なぜそのような差別意識を持ってしまう人がいるのか?なぜそういう古い価値観にこだわる人がいるのか?ということを
を知ることも理解だ。その話をしないから、対立しているようにしか見えなくなる。相手は間違っていると言い出したら、もう分かり合えない」と話していた。(ABEMA/『ABEMA Prime』より)
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