新型コロナウイルスワクチンの大規模接種センターでの予約システムで発覚した、架空の接種券番号でも予約ができてしまう事象。防衛省はそのことを検証した記事を配信したメディアに対し抗議。岸信夫防衛大臣は「今回の朝日新聞出版アエラドットの記者の方、また毎日新聞の記者の方の行為は、ワクチン接種を希望する65歳以上の方の接種機会を奪い、ワクチンそのものが無駄になりかねない悪質な行為である。極めて遺憾である」とコメントした。
政府とメディアの“対立”に、「模倣例が出てもおかしくない。こんな時期にアラを探して足を引っ張るなんて」「抗議する前にずさんなシステムを作ったことを恥じよ」などと、ネット上でも賛否両論だ。
■システム、そして政府の問題点は
東京・大阪に自衛隊を活用した大規模接種会場を開設する方針が固まったのは先月下旬のこと。岸大臣は「虚偽予約を完全に防止するようなシステムを短期間で実現するのは困難」と釈明、「今回の問題を受け、例えば市区町村コード等については真正な情報であることが確認できるように対応可能な範囲でのシステム改修を実施する予定だ」としている。
また、報道を受け、ワクチン接種の調整を担ってきた河野規制改革担当大臣は18日、「65歳以上でない方が面白半分に予約をとって、65歳以上の方の予約の邪魔をしている。それを誇っているかのような報道があった」と発言。さらに安倍前総理は、弟である岸防衛相のツイートを引用する形で「朝日、毎日は極めて悪質な妨害愉快犯と言える。防衛省の抗議に両社がどう答えるか注目。」とツイートしている。
ITジャーナリストの星暁雄氏は「ここまで“ザル”だとは思っていなかったので、とてもビックリした。間違った情報で登録してしまう人も出てくるだろうし、それを警告してくれたという意味では、この報道の価値はあったと思う。防衛省だけが悪いということでは無いと思うし、教訓を得るためにも、COCOAの時のような報告書を出してほしい。そして官房長官や防衛大臣などには、もうちょっと落ち着いて欲しい。システムにどんな問題点があったのかを冷静に見て、是々非々で反応していただいた方が、国民の皆さんの安心にもつながる」と指摘。
また、タレントでソフトウェアエンジニアの池澤あやかは「通常、こうした入力フォームにはバリデーションと呼ばれる、内容をチェックする機能が設けられている。ただ、バリデーションをかけるためには、根本の仕様が定まってなければならない。そこで公開されている仕様の資料を観たところ、予約番号の仕様とその付与は自治体に委ねられている。つまり自治体ごとにバラバラなので、システム側でバリデーションをかけるのは難しかったのではないか」と推測する。
「“同じ予約番号を入力すると過去の予約が上書きされてしまう現象が起きる”という情報もあって、もしそれが本当ならまずいが、防衛省の発表では突貫工事だったということだし、現場が柔軟に対応できるよう修正していく、というのが今後の対策になると思う。やはり新しい環境に対応していけるよう、バグの修正など常に続けて行くのが今のシステム開発のやり方だ。その点、行政がそういうところに適応できず、一括で受注して完成品を納入する、というシステム開発のイメージのままになってしまっているという問題もある」。
さらにジャーナリストの佐々木俊尚は「肝心の接種券番号や個人の情報を持っているのは、全国に1400もある自治体なわけで、それらを集めて防衛省のシステムと接続させるのは大変な作業だ。そう考えると、今回のシステムは我々がNintendo Switchの発売日にヨドバシカメラの店頭でもらえる整理券、あれを発行するのと同じようなものだ。生年月日が今日の日付でも通ってしまうとか、架空の市町村コードでも通ってしまうとか、そういう最低限のことができていなかったというのは酷いが、会場では改めて接種券番号と個人の情報を照合する作業を行うわけで、システムが原因で接種できなくなるということはないはずだ。
一方で、政治や官僚の世界に、優秀な技術者を大事に育て、そのコミュニティを政策にも活かしていくか、という動きがなかなか見えてこないことは問題だ。COCOAについても、オープンソースのコミュニティの中で良いものができつつあったのに、厚労省は発注後にそれを捨て、企業に丸ごと発注してしまった。結果、Androidで動かないとか、かなり酷いものが出来上がってしまった。
そもそも大規模接種が何のために始まったのかと言えば、ワクチン接種を迅速に進めるためだ。例えば昨年の持続化給付金も、急いでやったせいで多くの穴があったし、詐欺で捕まった人もいっぱい出た。それでも困っている人に迅速に配ることが大事で、悪さをしたヤツは後から警察が捜査するということで結果的にはOKだったのではないか。拙速でも酷いシステムでもいいからとにかく接種を進められるようにすることと、堅牢で安全なシステムを作ってミスのない体制を目指すことと、そのバランスをどこで取るのかという議論が無いことも問題だと思う」。
■報道、そして日本社会の問題点は
番組には「日本人ってシステム万能だと思っているところにミスマッチがある気がする」「国レベルがデジタルに対して簡単に脆弱性を見つけられるレベルにないのが悲しい」「指摘しないでSNSで拡散したほうがよかったのかな」とのコメントが寄せられた。
元毎日新聞記者でもある佐々木氏は「もちろん報道には報道の論理があるわけだし、“脆弱性があった”ということを指摘し、システム改修の必要性を訴えること自体は必要だ。しかし、だからといって“手口”まで報じていいのか、ということだと思う。この点についてIPA(情報処理推進機構)という公的機関は、脆弱性を発見した場合、まずは窓口や開発者に情報提供をすることと、それをしないまま情報公開しないことを呼びかけているわけで、報道機関が“こうすれば誰でも予約できるよ”という伝え方をしてしまうのは妥当ではないだろう。
場合によっては偽計業務妨害や、その教唆になりうるという意見もあるし、メディアの人がテクニカルな問題を扱えなさすぎるので、もうちょっと勉強してくださいと思う。また、誰のために報道しているのかがわからなくなっている部分もあるのではないか。日本のメディアには“いかに権力の暴走を監視するか”というところに頭がいってしまう体質があって、“日本のため”とか“国民のため”と言うと、すぐに“右翼だ”“ファシズムだ”“総動員体制だ”となってしまう」と苦言を呈する。
一方、慶應義塾大学特任准教授でプロデューサーの若新雄純氏は「いくら突貫とはいえ、今回のシステムには雑なところが多かった。とはいえ、それを指摘するメディアのやり方も、どこか鬼の首を取ったような記事になっていた。つまり一方だけが正しく、一方だけが間違っているということではないはずなのに、どっちも酷いと僕は思う。政府がいい加減なシステムを作ったのも国民の損、いたずらができてしまうような記事を書いてしまったのも国民の損だ。
最終的には国民が少しでも早くワクチン接種が受けられるようにすること、ワクチン接種の問題で不利益を被らないようにすることが大事であって、緊急事態宣言だってそのためにあるんじゃないか。それなのに記事が出た後も、政府は政府でメディアの批判に負けないように、メディアはメディアで政府の対応は見過ごせない、という感じの対立になっていて、それぞれの支持者、ファンに応えようという、変なバトルになっていると思う。バトルするんだったら、国民に利益があるようにバトルしてほしい」と提言した。
さらに若新氏は「みんな台湾のIT大臣のオードリー・タンがいかに優れた人材なのか、その生い立ちは、ということばかりに注目をするが、重要なのは、彼女に思い切って委ねたり、一緒に走ったりできる環境があることが素晴らしいということだ」と指摘。
佐々木氏も「最近になって“日本はワクチン後進国だ”と言っているが、実は日本は1980年代までは“ワクチン先進国”だった。それが“反ワクチン”の動きなど、様々な要因でこうなってしまった。IT分野だって、日本は1980年代までは先進国だったのに、今やOECDでも最下位に近い方まで落ちてしまった。この20年、30年の間に我々は捨ててきたことのツケが、ワクチンが開発できない問題、システムを迅速に作れない問題にもつながってくる。オードリー・タンは素晴らしいと言いながら、もし日本にオードリー・タンが出てきたら叩いて潰していくのが日本社会なのではないか」と話していた。(ABEMA/『ABEMA Prime』より)
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