スポーツのトップアスリートが活躍すれば、そのフォームを真似る選手が増える。将棋も同じくトップ棋士の戦い方は、多くの棋士が参考とする。それが「定跡」になることもあれば、新たな戦法として棋士の名前を入れた「システム」「流」と呼ばれるようにもなる。王位戦七番勝負、叡王戦五番勝負、合わせて“十二番勝負”を戦うことになった藤井聡太王位・棋聖(18)と豊島将之竜王(叡王、31)の対局について、遠山雄亮六段(41)は「この2人の指す将棋が今後のトレンドになっていく可能性が高い」と、未来の将棋を作っていくものだとした。トレンドを作る者、それに乗る者。紙一重で勝敗が決まる世界において、いち早くこのトレンドを掴むことが非常に重要だという。
渡辺明名人(棋王、王将、37)と永瀬拓矢王座(28)を加えたタイトルホルダー4人は、現在の将棋界における「4強」と呼ばれ、その戦いぶりは全棋士から注目されている。将棋ソフト(AI)による研究も進むとはいえ、4強のうち2人が最大12局指すとなれば、人間が指した最新の実戦サンプルとして、最上級であることに間違いない。遠山六段が着目したのは、王位戦七番勝負の第1局、第2局ともに「バランス型」の将棋になったことだった。
400年を超える歴史があるといわれる将棋は「囲い」と呼ばれる自玉を守る配置を作るのが基本だった。ところが近年に入り、自玉の堅さよりも金銀を自陣の左右に配置する「バランス型」が増えてきた。相手の攻めに対しては、もちろん「囲い」の方が耐久力はあるが、攻守の切り替えなどに勝る「バランス型」は、まさに近代的だ。
遠山六段 “十二番勝負”の第1局、第2局をバランス型で進めたことに、今後のプロの将棋の未来が見えます。そういう風に進んでいかないといけないなと感じるし、未来がそっちにあるんでしょう。このお二人が令和の将棋界を引っ張っていくので。
豊島竜王も、ほんの数年前まではしっかりと囲いによる堅さを重視した戦略を取っていた。それが徐々にバランス型へと移行、スタイルを変えた。史上最年長でタイトルを取った木村一基九段(48)も、バランス型で指せる実力者の一人。得意な戦い方とトレンドがマッチした代表例で、その活躍には年齢が関係ない。
デビュー以来、8割を超える高勝率をキープし、最に年少記録を続々と生み出す藤井王位・棋聖も、いわば「バランス型の申し子」だ。激しい展開なりやすく、すぐに詰むや詰まざるやというぎりぎりの勝負を強いられるが、それは詰将棋解答選手権5連覇中の天才棋士にとっては、理想的な終盤でもある。
現在、「居飛車党」と「振り飛車党」という棋風の分け方はされているが、「囲い型」「バランス型」というほど明確な区分はされていない。ただ、研究が進めば進むほど、その傾向は顕著になっていくかもしれない。長い歴史の中で長く「格言」として継がれてきたものが否定されることもあったように、「まずはしっかり玉を囲って」という言葉も、徐々に色が薄くなりつつある。
遠山六段 藤井王位・棋聖は、バランス型の将棋が抜群に強い。今の将棋に順応しているように見える。豊島竜王も、バランス型にかなり寄せてきている気がする。トップ棋士の中でもどうしても優劣がつく。それはトレンドに乗れているかどうかが大きいです。
この夏に繰り広げられる戦いを見届けている人々は、その後の将棋界に大きな影響を与える歴史的瞬間に立ち会っているのかもしれない。
(ABEMA/将棋チャンネルより)