「努力」とひとことで言っても、その質や量に対する捉え方は、人によって大きく変わる。近年においては、無駄な時間を省き、より質の高いものを効率的にこなすべき、という声も大きくなる中、圧倒的な時間を割いて将棋界のトップ棋士に仲間入りしたのが永瀬拓矢王座(28)だ。同世代である黒沢怜生六段(29)からは「本当にすごい。将棋と毎日向き合っている。年間でいうと5000時間ぐらい。それを20年続けている」という証言もあるほど。そのストイックな姿勢で、ファンからは「軍曹」と呼ばれることもある実力者は、周囲からの称賛もやまないほど尋常ではない努力を重ね、それに耐える根性の持ち主だ。
黒沢六段が、永瀬王座について語ったのは8月12日に行われた竜王戦挑戦者決定三番勝負の第1局でのこと。ABEMAの中継に解説として出演していた黒沢六段は、小学生のころから知る永瀬王座との思い出や、現在の交流について語っていた。「永瀬王座とはもう20年ぐらいの付き合いですからね。今も1カ月に何回かお会いして、将棋を指しています」と語ると、この日は11年ぶりに先手番から三間飛車を採用していたが「意表を突かれる方もいましたけど、永瀬さんは三間飛車党でしたから」と、以前は振り飛車党だったことについても触れ、それほど驚いた様子も見せず、むしろ懐かしそうだった。
将棋にかけるストイックさが、時に厳しさにも見られがちな永瀬王座だが、黒沢六段からすれば「私の中では優しいイメージ」だという。「厳しく見えるかもしれないけど、永瀬さんは自分自身に一番厳しい。人に対してはすごく優しいモードな感じがします。一切手を抜かないタイプなので、ピリッとして見えるんですけどね」と、盤から離れた際には素の姿を見せることもあると紹介した。
周囲も驚くほどの労力を将棋に割いたからこそ、今がある。それを近くで見てきた黒沢六段は「永瀬さん以上に努力した人はいない。いるわけがない」と断言する。棋士にとって戦いに必要なものには、棋力だけでなく、最後まで戦い抜く根性も必要だ。「その根性が一番あるのが永瀬王座。本当にすごいですよね。関東に限った話ですけど、永瀬さん以上に努力した人はいない。1日14時間ぐらいやっているってことですから。本人は(努力していると)言わないですけど、将棋を指せばわかりますよね。指していて申し訳ないというか、世界が別という気がします」。まさに将棋に全てを捧げるかのように、努力という努力を重ね、棋界を代表する棋士の仲間入りを果たした。天賦の才とはまるで違うルートで高勝率を叩き出しているだけに、その姿勢に尊敬の念を抱くのは、黒沢六段だけではない。
対局の際は、「負けない将棋」に徹するとも言われる永瀬王座。これだけ膨大な時間を将棋に費やしているならば、深夜に及んだ対局が持将棋になろうと千日手になろうと、まるで苦にならないのも納得がいく。むしろ時間という概念がなく、とにかく気が済むまで指し続ける。そんな棋士なのだろう。日頃から練習将棋を重ねる藤井王位・棋聖との次なる対戦は30日。きっとこの一局も、どれだけ長くなったとしても永瀬王座は妥協なく指し続ける。
(ABEMA/将棋チャンネルより)