「軍事力で解決できるものはない…」元外務審議官から見た“対テロ戦争20年” 日本の外交は転換点を迎えるか
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 アフガニスタンのイスラム主義勢力「タリバン」が首都カブールを掌握し、勝利を宣言してから間もなく1か月。暫定政権の閣僚を発表するなど、着々と新政権樹立に向けた動きが進められている。

【映像】「一人でも亡くなれば政権が吹っ飛ぶ」自衛隊員の命の重さ…イラク派遣を決めた小泉総理(当時)

 2001年のアメリカ同時多発テロから20年の節目に、再び権力を掌握したタリバン。その後アメリカなどが踏み切ったイラク戦争も含め、この20年に及ぶアメリカの対テロ戦争は、どのような教訓を残したのだろうか。

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 ニュース番組『ABEMAヒルズ』では、当時、外務省ナンバー2の外務審議官として2002年から2005年まで日本の外交政策に深くかかわった田中均氏を取材した。

 田中氏は「結果を見てみれば、オサマ・ビン・ラディンやサダム・フセインがいなくなったことは事実」とした上で「テロや大量破壊兵器のもともとの発想、拡散を生むのは“ならず者政府”だ。だが、その政府によって民主化が行われているかというと、全くそうはなっていない」と話す。

「イラクにおいても、アフガンにおいてはもっとそうだ。もともとのタリバン政府に戻ったということだ。この戦争で米国は何兆ドルもの予算を使い、数千人の米兵が亡くなった。現地の人も数十万人が死んだ。ある意味、ものすごくコストが高くついた戦争だった」(田中均氏・以下同)

 2001年10月、アフガニスタンでは開戦から1カ月足らずでタリバン政権が陥落。その後、アメリカは攻撃ターゲットをイラクにシフトし、2003年3月に攻撃を開始した。

 報復の連鎖が懸念されていたイラク戦争を止める選択肢はなかったのだろうか。

「一つは国連だった。国連がアメリカの戦争を是認する決議を出せたかどうか。イラクの場合はできなかった。国連決議なくして、米国はイラクとの戦争を開いた。アフガンの場合は自衛戦争だった。自衛戦争といっても、国連決議はあったが、アメリカ自身が傷ついて、アメリカが戦争をやることに対して、ほかの国はなかなか異論を言えない」

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 当時、ロシアのほか、フランスやドイツも反対する中、国内世論の圧倒的な支持を受けて突き進んだアメリカ。そのアメリカを日本は支持し、イラクへの自衛隊派遣を行った。

「小泉総理(当時)から明確に言われたのは『同盟国として支持しない選択肢はないんだ』と。日本の周りには、北朝鮮しかり、安全保障の脅威になるような情勢がある。日本がこの地で安寧に暮らしていくためには、米国の支援を得なければならない。アメリカが決めた中東の戦争について『反対する選択肢はないし、賛成する』と。アメリカにプレッシャーをかけられて、自衛隊を送るわけではない。日本が独自の判断で、完全武装はしているが、人道支援と復興、イラクの復興のために自衛隊を送る。当時の日本政府の判断として『アメリカに請われて支持するわけではない』と」

 自衛隊員が1人でも命を落とすことになれば「政権が吹っ飛ぶ」と言われていた中で行われた決断。当時の小泉総理が貫いたのが「日本独自の判断」であることだったと田中氏は振り返る。

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 アメリカが莫大なコストを費やし、現地では戦闘で多くの人々が命を落とす結果になった、対テロ戦争。中国が台頭し、世界のパワーバランスが大きく変わった今、田中氏は改めて日本の外交力に言及する。

「この20年で日本が学ぶべき内容は、なかなか軍事力で解決できるものはないということ。よく国内では、尖閣諸島、台湾問題などが議論になって、それに備えなければいけないと言われている。相手が攻撃的な行動や侵略をしないよう抑止をするために、抑止力として働く軍事力は意味がある。ただ、実際に軍事力を使ってしまったら、被害はどんどん大きくなるし、結果を作れるものではない。これは中東の戦争で明示された」

「備えは必要だが、日本がやらなければいけないのは、まさに台湾海峡で軍事衝突が起きないように、外交の力で米国や中国とも対話を続けていかなければいけない。アメリカ自身、今後は非常に内向きになって、なかなか外国に軍隊を派遣することにならないだろうと私は思う。同時に日本は外交の力でそういう事態にさせない(軍事衝突を起こさせない)ために行動すべきだ」

 田中氏の総括を聞いた『コロナ危機の社会学』の著者で東京工業大学准教授の社会学者・西田亮介氏は「貴重なインタビューだ」とコメント。「日本の場合、政策当事者の動機、意思決定、そしてなぜその政策を実施したのか、それが政治家、官僚問わず充分説明されないことが多い。特に外交問題において、当時の政策当事者だった田中氏が政策の動機と回顧、評価を説明すること自体が貴重な資料といえる」と話す。

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 大規模な軍事力をもって中東に介入し、巨額のコストと人命を投入しても、完全に決着をつけられなかった米国。米軍がアフガニスタンから完全撤退した今、日本にどのような影響があるのだろうか。

「日本は安全保障を強く米国に依存してきたし、している。日本は軍事費用を削減でき、経済に資源を回した結果、戦後の復興を早く進めることができた。しかし、アメリカの力が今後も機能していくのか、やや懐疑的にならざるを得ない。米国が大きな軍事力をもって中東に介入したが、結果が出せなかったし、道半ばで撤退してしまう。一方で、日本がこれから自前で安全保障を強化していくこともまた難しいし、現実的でもないだろう。大きなコストがかさみ、少子高齢化や経済的な問題もある。田中氏が述べたように、日本が外交力・交渉力をしっかり持って、対話のテーブルにつく必要がある」(西田亮介氏・以下同)

 米国史上で「最も長い戦争」と言われた軍事作戦が終了し、武装勢力タリバンが政権を掌握したアフガニスタン。現地では物価の高騰や食料不足だけでなく、タリバン兵によるデモ参加者女性への暴力行為などが報告され、治安悪化が続いている。

「日本の外交は、大きな転換点に立っている。田中氏のインタビューにもあったが、当時の日本が行った『独自の判断』は、本当に『独自の判断』だったのだろうか。スーパーパワーとしてのアメリカに日本の安全保障が握られている中、ほかに選択肢がない状況だったのではないか。一朝一夕ではできないが、今後この『選択肢がない状況』を作らないために、日本には今以上の外交努力と交渉力の強化が必要だ」

(『ABEMAヒルズ』より)

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