元ブラジル代表FWのジョーが契約期間中にもかかわらず名古屋グランパスに無許可で帰国し、その後古巣のコリンチャンスと契約を結んだ時、多くのブラジル人は簡単に辞めさせてくれた日本のチームの寛容さに驚いた。日本人は人と争うのが好きではないから、こういうわがままも受け入れたんだろうかと噂しあっていたものだ。

 しかしそれは違った。名古屋はジョーの契約不履行をFIFAの DRC(紛争解決室)に訴え出て、FIFAは2020年の11月にジョーとコリンチャンスの双方に340万ドル(約4億6000万円)の賠償金を払うよう命じた。これに納得できない両者はCAS(スポーツ仲裁裁判所)に訴え出る。そしてこのほど判決が出て、賠償金は260万ドル(約3億5000万円)にまで下がったが、その代わり45日以内の支払いが科された。

 これに一番不満を抱いたのはコリンチャンスだ。自分たちも被害者だと感じている彼らの言い分はこうだ。

「ジョーの契約不履行により、名古屋が契約解除したのは2020年4月末、しかしコリンチャンスがジョーと契約をしたのは6月。すでにジョーはフリーの身でコリンチャンスは何の違反も犯していない」
 
 おまけにそのジョーはつい先日、怪我の治療中にバーで騒ぐのを目撃され、その後、自ら退団している。彼がコリンチャンスを出ていないのが、6月9日。CASの判決が届いたのが6月19日。つまり、もういない選手のために金を払わなければいけないのだ。もしこの日付が反対であったならば、コリンチャンスはジョーを簡単には辞めさせなかったかもしれない。

 コリンチャンスにも賠償金が課せられたのは、「係争中の選手と契約したことには責任がある」としたFIFAの決定を(コリンチャンスに言わせるとFIFAが勝手に決めつけた理由)をCASが支持したからである。

 私は最初、コリンチャンスがジョーとの契約時に、彼の連帯保証人になっているのだと思っていた。つまりジョーが何らかの支払いを命じられ、彼がそれを実行不可能な場合はコリンチャンスがそれカバーするという契約だ。しかしコリンチャンスは一切そうした書類にサインはしていないという。ただ何かあったら助けてやるとは言っていたらしい。

 なんといっても、コリンチャンスで育ったジョーはチームのスターだった。それに移籍時には彼の代理人が、係争では勝算が大きいから問題はないと、コリンチャンスに思いこませていた節もある。それを軽く見てジョーと契約したのは過ちだが——。

 ジョーが名古屋を退団することになったのは、ブラジルへの無断帰国が引き金だったが、当時世界はパンデミックの真っ最中だった。彼と妻は子供をブラジルの祖父母のもとに置いてきており、国境が閉鎖される前に子供のところへ帰りたかったという。

 当時はリーグ自体がストップしていたため、チームには迷惑をかけていない。そして帰国すると連絡した矢先に契約を解除された、もらえるはずだった春のボーナスも受け取っていない。これらがジョーの主張だ。CASの判決というものは、たいてい3か月ぐらいで出るものだ。しかし今回のケースでは2021年11月に審議が始まってから、結果が出たのがこの6月。つまり半年以上かかっている。それだけ複雑な問題ではあったようだ。
 とにかく判決は出てしまった。ジョーがどのくらいの額を負担できるかは不明だが、そのほとんどはコリンチャンスにのしかかってくるだろう。もしこの判決を守らなければ、最高の罰は移籍市場への参加停止である。選手の売買ができなくなる。これはどうしても避けなければいけない。

 ただコリンチャンスはカンピオナート・ブラジレイロを戦っているチームの中でも1、2を争う借金王だ。1億9000万(約257億円)ドル近くの借財を抱えており、うち1億1000万ドル(約149億円)は年内に返す必要がある。普通の会社組織だったらとっくに破産しているだろう。

 260万ドルとはいっても、急に用立てするのは難しい。彼らに残された手は名古屋にコンタクトを取り、分割での支払いを認めてもらうか、なんらかの代替え案を提示することだ。
 
 ジョーにおいては、2つのチームに禍をもたらした選手として、今後移籍先を見つけるのはより困難になるだろう。もしジョーがこのまま引退してしまうと、FIFAの力は彼には効かなくなる。CASが行なうのはあくまでも「仲裁」であり、民事の罪に問われることはない。ジョーが丸投げすれば、コリンチャンスがすべてを背負うことにもなりかねない。

 ただ私の考えでは、ジョーはそこまではしないだろう。私は彼のことをよく知っているが、浅はかなところはあるが、本当に悪い人間ではない。それにもしそんなことをしてしまったらジョーは本当にブラジルにはいられなくなる。それでなくともかつて彼を愛していたコリンチャンスのサポーターからは、すでに憎まれているのだ。

 それにしても身から出た錆とはいえ、ここ10日ほどのうちにジョーには様々な禍が降りかかってきている。サッカーの部分では故障欠場中にパブでサンバを演奏していたのが発覚したのを皮切りに、無断欠席→電撃退団、そしてCASの判決。プライベートにおいては、有名なインフルエンサーがお腹の子供がジョーの子であると発表したことから、妻と離婚。ジョーは名古屋への賠償金だけでなく、慰謝料と養育費もむしり取られるかもしれない。

文●リカルド・セティオン
翻訳●利根川晶子

【著者プロフィール】
リカルド・セティオン(Ricardo SETYON)/ブラジル・サンパウロ出身のフリージャーナリスト。8か国語を操り、世界のサッカーの生の現場を取材して回る。FIFAの役員も長らく勤め、ジーコ、ドゥンガ、カフーなど元選手の知己も多い。現在はスポーツ運営学、心理学の教授としても大学で教鞭をとる。


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