セルビア代表のドラガン・ストイコビッチ監督を右腕として支える日本人コーチがいる。“ピクシー”と名古屋でも共闘し、2010年のリーグ優勝に貢献した喜熨斗勝史だ。

 そんな喜熨斗氏がヨーロッパのトップレベルで感じたすべてを明かす連載「喜熨斗勝史の欧州戦記」。第18回は、9月に行なわれたネーションズリーグについて語ってもらった。
 
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 やりました!

 私たちセルビア代表は9月に行なわれたネーションズリーグで、スウェーデン(〇4-1)とノルウェー(〇2-0)に2連勝。リーグB・グループ4の中で首位フィニッシュとなり、2024~2025年ネーションズリーグでのリーグA初昇格を決めることができました。
 
 カタール・ワールドカップの開催まで2か月弱。日本代表は本大会へ向けた最終準備としてアメリカ代表とエクアドル代表の2か国と対戦しましたね。日本国内ではドイツ代表やスペイン代表の結果が多く報じられていますが、実はリーグA昇格というのはエポックメイキングなことなのです。

 まずグループAはスペイン代表やドイツ代表など強豪国揃い。そうなれば国民のサッカーへの関心度はさらに大きくなります。強豪との対戦は、言うまでもなくセルビア代表のチーム強化にもつながります。子どもたちや若手の刺激にもなる。

 そしてトラック付スタジアムで更衣室からグラウンドまで長いトンネルを通っていかないといけないナショナルスタジアム(レッドスターの本拠地マラカナ)の改築機運も高まりつつあり、経済的効果も見逃すことはできません。そしてこの結果によって、来年3月から始まるEURO2024の予選において第2ポッドを獲得することができました。

 そんな大きな意味を持つ2試合だと理解したうえで、日本での充電を終えた私は9月13日にベオグラード入りしました。スタッフ陣とのミィーテングでは負傷中の選手(フィオレンティーナのDFニコラ・ミレンコヴィッチ)や出場停止選手(マジョルカのGKプレドラグ・ライコヴィッチ)の代替選手の選定などをして、18日から代表キャンプがスタート。

 ミスター(ドラガン・ストイコビッチ監督)とは事前に何回も相談して練習メニューはでき上がっていたのですが、絶対に勝たないといけない2試合(スウェーデン戦前はノルウェーと勝点3差の2位)。相手を分析し、それ以上に自分たちを徹底的に分析することを重視しました。
 個の能力が高いセルビア代表の数少ないウイークポイントは「ロングボール対策」。スウェーデン戦までの5日間では地元クラブとの練習試合も交えつつ、毎日、VTRを使用しながら距離感やサポートの仕方などタクティックス(戦術)を落とし込みました。

 スウェーデン戦の1失点はワイドに張った中盤と最終ラインの微細な関係性構築まで行き届かなかったのが原因で、分かっているからこそ次のノルウェー戦では改善に成功。開始30秒ほどでノルウェー代表のFWアーリング・ハーランドにやられそうになりましたが、それ以降はピンチなく、安定した守備ができました。

「キノ(喜熨斗コーチの愛称)、守備は任せるよ」と言ってくれたミスターの信頼に応えることができてホッとしました。試合後は名古屋でのリーグ優勝(2010年)以来となるミスターの胴上げセレブレーションが行なわれましたが、人生で2回もミスターを宙に舞わせた日本人は私だけだと思います(笑)。
 
 一見するとワールドカップへの準備ではないように映るかもしれません。でも私が21年3月にセルビア代表コーチに就任して1年7か月。やるべきことはクリアしてきたし、得るべき結果を得てきた自負があります。

 例えばノルウェー戦の1点目はリスクマネジメントができたビルドアップから奪ったもの。2点目は高い位置で相手を挟み込んでボール奪取し、速攻につなげたものでした。守備の構築と、守備から攻撃へ移るポジティブ・トランジションはずっと取り組んできたこと。その狙いがすべて出せました。

 今回のカタール・ワールドカップは準備期間が少ない大会。ましてや欧州国はネーションズリーグが組まれているため、他大陸との『仮想〇〇』はできません。もちろん、今後は分析専門コーチを中心にブラジルやカメルーンの分析は進めていくつもりですが、相手対策に多くの時間を費やす以上に自分たちにフォーカスすることが大事だと考えています。それこそが本大会で良い結果を残す最短の近道だ、と。
 そしてワールドカップまでの残された時間、私は来月上旬にカタールの「アスパイア・アカデミー」で開催される「GROBAL SUMMIT」に参加する予定です。最新の戦術やデータ分析、最適なリカバリーの仕方など様々なミーティングが行なわれるようで、ユルゲン・クリンスマン氏やデイビット・ベッカム氏の話も聞けるようです。良い機会を与えてくれたセルビアサッカー協会には感謝しかないですし、最後まで吸収できるものは吸収しようと思っています。

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PROFILE
喜熨斗勝史
きのし・かつひと/1964年10月6日生まれ、東京都出身。日本体育大卒業後に教員を経て、東京大学大学院に入学した勤勉家。プロキャリアはないが関東社会人リーグでプレーした経験がある。東京都高体連の地区選抜のコーチや監督を歴任したのち、1995年にベルマーレ平塚でプロの指導者キャリアをスタート。その後は様々なクラブでコーチやフィジカルコーチを歴任し、2004年からは三浦知良とパーソナルトレーナー契約を結んだ。08年に名古屋のフィジカルコーチに就任。ストイコビッチ監督の右腕として10年にはクラブ初のリーグ優勝に貢献した。その後は“ピクシー”が広州富力(中国)の指揮官に就任した15年夏には、ヘッドコーチとして入閣するなど、計11年半ほどストイコビッチ監督を支え続けている。
指導歴
95年6月~96年:平塚ユースフィジカルコーチ
97年~99年:平塚フィジカルコーチ
99年~02年:C大阪フィジカルコーチ
02年:浦和フィジカルコーチ
03年:大宮フィジカルコーチ
04年:尚美学園大ヘッドコーチ/東京YMCA社会体育保育専門学校監督/三浦知良パーソナルコーチ
05年:横浜FCコーチ
06年~08年:横浜FCフィジカルコーチ(チーフフィジカルディレクター)
08年~14年:名古屋フィジカルコーチ
14年~15年8月:名古屋コーチ
15年8月~:広州富力トップチームコーチ兼ユースアカデミーテクニカルディレクター
19年11月~12月:広州富力トップチーム監督代行
21年3月~: セルビア代表コンディショニングコーチ