カタール・ワールドカップ開幕まで、1週間を切った。世界中が楽しみにする大会だが、単なるお祭りで済ませてはいけない問題がある。開幕直前だからこそ知っておくべき問題点と利点を、サッカージャーナリスト・後藤健生が突く。
■W杯初の試み
2022年大会の問題点は、2つに分けて考えるべきだ。「11月開催」の問題と「カタール開催」の問題の2点である。
従来、ワールドカップはヨーロッパのサッカーのシーズン・オフに当たる6月から7月にかけて開催されていた。
だが、カタールは6月、7月には40度以上の高温多湿の気象条件となる。当初は、冷房装置を設置して通常通り6月、7月に開催するという提案もなされたが、たとえ空調装置によってスタジアムが完全に冷房することができたとしてもトレーニング会場や市街地まですべてに空調を備えることなど不可能なことで、夏季開催は不可能だった。
そこで、カタール現地の気温が下がり、同時に各国リーグの終盤やチャンピオンズリーグのノックアウト・ステージとバッティングしない11月から12月にかけて開催されることになった。
現地からの報道でも伝えられるように、11月のカタールはまだ日中の気温が30度を超える暑さに見舞われている。2011年にカタールでアジアカップが開催されたが、この時は1月開催であり、気温は20度台だった。しかし、ヨーロッパのサッカー・シーズンとの関係もあり、1月開催は不可能だったのだろう。
■各国で相次ぐ負傷者
11月開催の最大の問題点は、ヨーロッパ各国の国内リーグが直前まで行われているという過密日程である。11月20日のワールドカップ開幕のちょうど1週間前の11月13日まで、各国リーグは開催されていた。
そのため、負傷者が続出している。
日本代表でも、負傷を抱えていた板倉滉が驚異的な回復を見せて直前のブンデスリーガで復帰するなど明るい材料もあるものの、11月1日に代表メンバーが発表された後だけでも中山雄太がアキレス腱を傷めて欠場が決まった。また、遠藤航の脳震盪は無事に回復したと伝えられたものの、Jリーグ最終節で谷口彰悟が鼻を骨折。大会直前の週末には三笘薫が発熱して欠場するなど、多くの選手のコンディションが心配される状況に陥っている。
もちろん、負傷で問題を抱えるのは日本代表だけではない。
11月23日に日本と対戦することになっているドイツ代表ではFWのティモ・ヴェルナー(RBライプツィヒ)がチャンピオンズリーグのシャフタール・ドネツク戦で負傷してワールドカップ欠場が決まった。
前回優勝のフランスではエンゴロ・カンテ(チェルシー)とポール・ポグバ(ユヴェントス)の欠場が相次いで決定。MF陣の弱体化は避けられない。また、11月1日には、チャンピオンズリーグの試合で孫興民(ソン・フンミン=トッテナム)が顔面を骨折するという重傷を負って韓国サッカー界を震撼させた。結局、孫興民は代表メンバーに選出されたが、もし、出場が不可能になれば韓国代表にとっては致命的な戦力ダウンとなってしまう。
■足りない調整の時間
もちろん、スポーツ選手にとって負傷はつきもの。どんな時期に開催したとしても、負傷によって出場できない選手は必ずいる。
しかし、従来のように5月に各国リーグ戦が終了して、代表チームが集合してからワールドカップ開幕まで3週間程度の時間があるのであれば、軽傷の場合なら回復が図れるし、代表チームに合流してからしっかりとコンディションを調整することができる。
カタール大会の場合、選手の合流から大会初戦まで1週間しかないのだ。負傷はもちろん、コンディション不良の選手は調整する時間がなくなってしまう。
どこの国の代表監督も、通常のワールドカップでは経験しないような難しい状況に直面する。
しかも、新型コロナウイルス感染症(Covid-19)の流行も完全に収束したわけではないので、もしチーム内で陽性者が出れば、メンバー構成に大きな影響を与える(これは、11月開催とは関係ないことだが)。
■バイエルンにも影響が?
ワールドカップが終了すれば、通常の大会であれば参加選手たちはシーズン・オフに入ることになる。ワールドカップ出場選手は、通常の年に比べてオフの期間が短くなり、次のシーズンのパフォーマンスに影響が出ることも往々にしてある。
たとえば、1980年代後半から1990年代前半にかけて、ヨーロッパ最強だったACミランは毎年のようにチャンピオンズカップで優勝して、東京で開催されていたトヨタカップのために来日していた。
だが、フランコ・バレージやパオロ・マルディーニなどミランの選手たちは1990年のアメリカ・ワールドカップでイタリア代表の主体として、ブラジルとの決勝戦まで7試合を戦い抜いた。しかも、この年の北アメリカは猛暑に見舞われたため、彼らの負担は大きく、1990ー91年シーズンのミランは、ワールドカップの影響でパフォーマンスが大きく落ちてしまった。
外国人選手に厳しい制限が課せられていた当時と違って、現在の強豪クラブは多国籍軍となっているので、当時のミランのように特定のクラブが大きな影響を受けることはないが、カタール大会の場合は大会終了後にオフがなく、そのままリーグ戦が再開されるので、クラブの監督にとっても選手たちがどのようなコンディションでワールドカップから戻って来るのかが気になるところだ。
たとえば、ドイツ代表が12月18日の決勝戦まで7試合を戦い抜いた場合、ドイツ代表のベースとなっているバイエルン・ミュンヘンのシーズン後半の戦いに影響があるかもしれない。
「11月開催」には、従来のワールドカップにはなかったような問題点があるのだ。