大相撲にとって横綱というのは特別な存在だ。大相撲での最高位ということは説明する必要もないと思うが、すべての力士の代表的存在であり、横綱が締める綱には“神が宿る”とされているほどだ。横綱は最高位であるため「番付の降格」が唯一ない。具体的な規定はないが「強くなくなったら引退」と認識をしていて間違いないだろう。つまり「強く居続ける」または「引退する」しかない立場ということになる。
人間誰でも年齢とともに衰えは必ずやってくる。昭和の名横綱も引退をしてきた。北の湖は引退会見で「やるだけやって悔いはありません」と、どこか肩の荷が下りたような表情で会見をしていたのが印象的だ。また、千代の富士は「長い間、皆様には大変お世話になりました。まぁ、あの……月並みの引退ですが」と言葉に詰まり、ハンカチを鼻にあて、涙を堪えながら振り絞ったような声で「体力の限界! 気力もなくなり引退することになりました」という会見はあまりにも有名だ。周囲からは引退も囁かれていたが、それでも勝つことはある。そのたびに「まだやれる」と思った相撲ファンも少なくないだろう。しかし横綱という番付はそう思われてすらいけない。いわゆる「引き際の美学」も横綱としての品格に関わってくる重要なファクターだ。