監督・コーチと選手、あるいは先輩と後輩といった関係性の中での暴力的な言動が、“強くなるためには止むを得ない指導”として長年にわたり容認されがちだった日本社会。
8年前には日本スポーツ協会など5団体が“暴力根絶宣言”を発出、さらに各競技団体が対策委員会を設置するなど“脱暴力”に向けた取り組みが行われてきたものの、問題はプロ・アマ問わず根深く、オリンピック・イヤーだった今年も、空手選手のパワハラ告白、高校バレー部での体罰、プロ野球選手の同僚選手への暴行など、スポーツ界の盛り上がりに水を差す出来事が相次いだ。
一体なぜなのか。『ABEMA Prime』で背景を探った。
【映像】スポーツ界の暴力どうなくす?"パワハラ解任"横浜高校元監督と安藤美姫が議論
■「“早く結果を”という焦りみたいなものがこみ上げてきてしまった」強豪・横浜高校野球部監督の解任
高校野球の強豪・横浜高校で監督を務めていた平田徹さんは2年前、生徒の肩を掴んで揺さぶったり、「なんでやろうとしないんだ」などと罵倒したことがパワハラ指導にあたるとされて解任された経験を持つ。
「言い訳をするとか、自己弁護をする気は毛頭ないが、日本一を目指してチームを強化していこうという中で焦りが出てきて空回りして、感情的に怒る、という状況になってしまった。しまった、頭に血が上って怒り過ぎてしまったなと反省をしたし、選手たちの間に良くない雰囲気が出ていることを感じたので、まずはきつく怒ってしまった選手とコミュニケーションを取ることにした。次の日の朝、同じ寮に泊まっていたこともあり、部屋に呼んで“ちょっと昨日は怒り過ぎてしまった。申し訳なかった。チームとしても非常に高い目標に向かっていける状況であるし、君はその中でも中心選手でもあるから、しっかり頑張っていこう”という話をした」
学んでいたコーチングを活かしながら指導をしたいと考えていた平田さん。
「結果的に、180度反対の方向にぶれてしまい、あってはならない指導に及んでしまったということが悔まれる。就任後、運良く4年連続で甲子園に出場することができたが、横浜高校の野球部に皆さんが期待しているのは出場ではなくて優勝だという認識があった。このままでは思うような結果が残せないと、私もチームも苦しい時期に入ってきて、次第に“早く結果を”という焦りみたいなものがこみ上げてきてしまった。情けない。
ただ、現場で指導されている先生方には同じように悩んでいる方も多い。“せっかく才能のある選手がいるのに、それを伸ばしてあげられていないんじゃないか”と自分を責めるような気持ち、“この指導方針で正しいんだろうか”というような葛藤、そして“周囲の期待に応えられていない”という焦り。指導者同士で会っても、“うちはうまくいってるよ。順調だよ”という会話にはならないし、むしろ悩みの共有や相談になることが多いような気がする」。
こうしたケースについて、スポーツライターの小林信也さんは、アスリート自身や保護者の側が暴力的な指導を容認している側面もあると指摘する。
「あるクラブに、結果を出すことですごく有名なコーチがいた。ところが暴力的な指導をしているということが分かったため、経営者が変わるタイミングで解雇された。すると30人くらいいた選手のほぼ全員がコーチの後を追って辞めてしまったのだという。つまり暴力的指導があっても、そのコーチに付いていけば上手くなる、日本代表などにも入れるからと、選手本人も親御さんが選ぶということがあるわけだ。
平田さんのようなお話も、少し前までは全国の高校野球の現場では当たり前の空気だったと思う。平田さんが理想にされていたような指導が行われていたチームが全国大会で優勝するような状況であれば、平田さんだってそんなことはされなかったと思う。やはり僕が取材した中では、監督が支配的なことを言ってしまうという空気、体質があるのがほとんどだと思う」。
■「本当に体罰や言葉の暴力であれば、コーチに対して選手が萎縮しているイメージになると思う」
一方、神奈川県大和市を拠点とする社会人野球チーム「BBCスカイホークス」には、暴力行為などが原因で野球部を辞め、退学を選んだ子どもたち向けの“高校生コース”が存在する。特にスポーツ特待生だった場合、部活を退部すれば学校そのものに居づらくなるため、その受け皿になればと7年前に設置された。
監督からの体罰を経験したという選手(18)は「自分だけ呼び出されて“今度のテストでいい点を取らないと弾くよ(練習させない)”と言われて。結果を出しても、ほぼ同じ点数だった奴は練習に入れているのに、自分は“とりあえず正座していろ”と言われ、砂利道で1時間半も正座させられた。八つ当たりのように、胸ぐらを掴んで窓に突き飛ばされたこともあった」と明かす。
また、寮で先輩からの暴力を受けたという選手(15)は「飛び蹴りとかされたり、平手打ちされたり、拳で頭を殴られたり。寮の中ではそういうことが多かった。やっている方は遊び半分なのだろうが、受けている方は辛い」と振り返った。
指導するのは、ヤクルトスワローズなどでもプレーした元プロ野球選手の副島孔太監督だ。心がけているのは、“根気強い指導“だという。「伝えたはずのことを何度も繰り返してしまうことが多いので、昔だったらぶん殴って終わりだったのかもしれません。でも、根気強くやるしかないですね。ただ、“怒ること全てがダメ”みたいな空気はまた違うのかなという部分もある。悪いことは悪いので、手段としての暴力は必要ないと思うが注意する、怒ることが必要な場面もある」と話した。
フィギュアスケート元世界女王の安藤美姫も、「もちろん意味のない体罰や、感情が乱れて暴言を吐くのは違うと思っている。ただ、シチュエーションとお互いの認識、信頼関係に加えて競技に必要なこととして、肩をバンバンと叩いたり、喝を入れたりすることは大丈夫な指導だと思う」と主張する。
「チーム競技だろうが個人競技だろうが、最終的には“人対人”。子どもであればなおさら、響く言葉使いで優しく導いてあげることで伸びる場合もあれば、けなすぐらいの強い言葉を使うことで“こんちくしょう“と伸びる子もいると思う。
私は海外のコーチに指導を受けたこともあるが、感情表現がストレートなので、“お前はクズだ”“世界選手権に出る資格がない”くらいのことも言われた。でも私の場合、優しい指導ではダメで、悔しいから“やってやる“と思ったし、私も納得ができないこと意見であればメチャクチャ言い返していた。それで優勝したこともあった。そのくらい愛情というか、信頼関係があったということだ。これが本当に体罰や言葉の暴力であれば、コーチに対して選手が萎縮しているイメージになると思う。加えて、同じコーチが付いていた他の選手がメチャクチャ褒められているのを見て、“何だこの差は?”実はその選手たちは、けなされると落ちていくタイプだった。つまり選手に応じて指導方法を変えているんだということが理解できたし、ただ守って、やさしく、丁寧に、というだけだと絶対に強くはならないということだと思う。
だから私の場合も、まずはできるかできないかよりも、どういう子なんだろうと。どういうふうに話したら笑顔が見られて、どういうふうに伝えたらこの子には伝わるんだろうというのを見極めるようにしている。そして絆を深めていくと、きつく言っても食いついてきてくれる。その食いつきこそが力に変わって、世界でも活躍できるメンタルの強さになってくるのだと思う」。
■「ガバナンスや指導法が変わらなければ、競技人口を減らす要因にもなる」
安藤の話を受け、小林氏は「安藤さんがおっしゃっていたことは、さすがにトップレベルで戦ってきた方だなという実感を持った。ただ、残念ながらそれはメディアや世間では通用しない。コーチと安藤さんがいくら信頼し合い、これでいいんだと思っていたとしも、それを見ていた人がビデオに収めてチクれば大問題になってしまう。これが今の日本で起きていることだ。例えば相撲の稽古では、最後の最後に頭を押さえて転がす。もうダメだというところで、わざわざ引きずり上げて、また引きずる。これは長年にわたって行われてきた基本練習で、お互いの了解の下、自分の限界を超えていくための稽古だ。しかしその場だけを初めて見た人は“これはいじめだ”と絶対に思うだろう。むしろ体罰やパワハラ禁止という風潮を、誰かを辞めさせたりするために利用するケースもある。それが非常に厄介だ」。
「選手が主体的に厳しさを追求するのがスポーツの本質だと思う。だから体罰には絶対反対だし、選手の主体性を踏みにじるような高圧的な指導はなくして欲しいと思っている。しかし今回のオリンピックの前にも、竹刀を突き付けたという話があったが、今は竹刀を練習場に持って入っただけで暴力であるかのように言われてしまう。相撲部屋に竹刀があったら、それだけで“パワハラ的な相撲部屋だ”と言われてしまう。しかし指導に使うことで、有効な稽古ができる場合もある。全てを一般的な常識で判断してしまうと指導者たちが困惑し、ますますスポーツというものが分からなくなってしまう。そこを僕は心配している」との考えを示した。
また、中学、高校で野球部に所属、現在は小学校のソフトボールの監督も務めるリディラバ代表の安部敏樹氏は「弟が横浜高校の出身なので、平田さんのいた野球部の中のことも外のことも分かるだけに、本当に難しい。はっきり言って体質的には良くないが、そうしてでも勝ってほしいという思いが親の側にあることは確かだ」とした上で、競技によっても温度差があるのではないかと指摘する。
「例えばサッカーに比べて野球はガバナンスが効いていないと思う。サッカーの場合、サッカー協会が最上位の団体として存在し、小学生、中学生の団体も含めて統合的に管理している、一方、野球の場合、高校であれば高野連があるし、大学、プロなどが別になっているので、野球界全体としてのガバナンスが効かない。結果、改めて指導について学ぶ機会も限られ、業界内での“当たり前”という認知の歪みが残り、指導者の側が“ヤバい”という感覚が持てずに数十年前の指導方法が繰り返されてしまうことになる。
私の知人にも、せっかく強豪校にスカウトされて入ったのに、1年で辞めた人がいた。話を聞いてみると、道具を盗まれたり、いじめられたり、ということがざらにあったという。今もそういう現状があるとしたら、野球が嫌いになり、野球から去っていってしまう人が出ているということだ。実際、親御さんたちが“今でもこういう感じでやっているの?”という反応も見る。こういうことが競技人口を減らす要因にもなっていると思う」。
学生時代はテニスに打ち込んだというテレビ朝日の平石直之アナウンサーも「選手の限界を超えさせてくれる人がいい指導者なのかなという気がしているが、そこに必ず厳しさが必要というわけではないと思う。一方、強豪校以外の多くの保護者からすると、基本的にはトップ選手やプロを目指してほしいというよりも、心身ともに強くなって欲しい、ある意味では人格形成の場になってほしいと考えていると思う。そうなると、厳しさのラインとは何なのだろうかと思う」とコメント。
平田さんは「安藤さんがおっしゃったように、厳しい叱咤激励をしなくても自らの意志で限界に挑めるとか、ソフトな対話を重視した方がモチベーションが上がるという選手もいる。一方で、厳しく叱咤激励してあげないと自分を追い込めない選手もいる。ただし、その厳しさの定義、解釈には幅がある。それはまさに選手の性格やキャラクターをしっかりと把握する。あるいは世間話の延長でも良いから、時間を見つけて個々に対話をする。そういう習慣づけができていれば、対応をしやすいのではないかと思う」と話していた。(『ABEMA Prime』より)
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