何からも逃げない男・瀬戸熊直樹 苦しみに耐え掴んだ最強位と本人より涙する仲間たち
【映像】ABEMAでみる

 戦い抜いた男が泣いた。ただ、その涙にもらい泣きする前から、周囲の仲間がもっと泣いていた。それだけでも国内最大級のプロ・アマ大会「麻雀最強戦」の頂点、最強位に輝いた瀬戸熊直樹が、愛されていることがわかる。麻雀の道に人生を捧げ、51歳にして初めてたどり着いた最強位の座。それは最後まで諦めず、また多くの苦しみから全く逃げない男だったからこそ、成し得たものだった。

【動画】瀬戸熊直樹が優勝した麻雀最強戦2021

 12月12日に行われた麻雀最強戦2021のファイナル2nd Stage。悲願の初優勝を目前にしながら、オーラス南4局1本場では、倍満ツモもしくはトップ目の宮内こずえを跳満直撃するかで逆転できるという、か細い道だけが残されていた。ただ背中を押すようにドラ2枚の配牌が訪れると、慌てずに育てて3枚目、4枚目とドラを引き暗カンし、ツモって裏ドラ1枚なら逆転優勝のリーチ。震える手でアガリ牌の八万を掴むと、もはやおぼつかないような手つきで2枚のドラ表示牌をめくり、優勝を決める裏ドラを確認した。

 実況を務めていた日本プロ麻雀連盟の後輩・日吉辰哉が「すごすぎる!瀬戸熊直樹、お前は男だ!」と絶叫。その後、試合を振り返りながら何度も涙をすすると、司会担当で親交の深い声優・小山剛志も「すいません…。ファイナル、2nd Stage…決勝戦が…終了しました!」と、号泣しながら声を張った。劇的な倍満ツモだけでも多くの人は感動しただろうが、このタイトルにかけ、苦悩の日々を送ってきた瀬戸熊の思いをよく知る人ほど、到底涙を堪えられるものではなかった。瀬戸熊も、優勝を決めた瞬間ではなく、この仲間の涙に誘われるように雫が頬を伝わり、戦友・多井隆晴からかけられた言葉を自分で口にすると、さらに感極まった。

 歓喜の優勝、とはまた違うかもしれない。それほどまでに瀬戸熊には長く厳しい茨の道が続いていた。プロ麻雀リーグ「Mリーグ」のTEAM雷電では大黒柱として期待されながら、開幕年となった2018シーズンは、まさかの個人21人中20位。2019、2020シーズンはなんとかプラスはしたものの、一度もトップ10入りは果たせず、チームはファイナル進出を逃し続けた。また今期もチームは大きなマイナスを抱えて最下位。個人のマイナスも3ケタまでかさみ、ただでさえ責任感が強い瀬戸熊が、自分を責めないはずもなかった。

 団体戦であるMリーグとともに、瀬戸熊個人としても強烈な逆風にさらされた。過去に3回獲得している鳳凰位。これを目指す鳳凰戦のA1リーグからの陥落が決まった。「少し前から心の準備は出来てました。僕自身の色々な慢心や油断が招いた結果なので、自分としてはここからが真価を問われる戦いになると思ってます」。Twitterで心境を隠さず伝えた。多くのタイトルを獲得し、その実力は全プロ雀士の中でもトップクラスと言われるベテランは、これまでの雀士人生の中でも指折り数えるほどの窮地に立たされていた。

 ただ、A1陥落の時のコメントと同じように、瀬戸熊は目の前の現実から全く逃げない。Mリーグの2018シーズンで大不振だった時もそうだった。シーズン終了後の取材では、敗因について、こう答えた。

 瀬戸熊 本当に外を歩けないくらいのバッシングを受けていてもおかしくない。そこがまだ温かい声の方が多かった。僕はまだ実際に認められていないという証拠だと思ったし、もっともっとバッシングを受けた方が、プロスポーツとしては正当な世界かなと思いました。今回、温かい声援で支えられた部分が多かったんですけど、そこに甘んじていては、僕のプロ生活は終わってしまう。

 どんな競技でも選手たちが、敗戦の後のコメントには「気持ちを切り替えて」という言葉をよく使うが、この男はかわさず全部受け止める。運のせいにも、他人のせいにもしない。自分が関わった勝負で起きたことは、全て自分の責任。今できることをやり尽くし、その上でもまだ足りないと先に進むことでしか得られないものがあると知っている。その一つのゴールが、今回の最強位でもあった。

 異名は「卓上の暴君」。相手を圧倒するようなアガリのラッシュ、迫力のあるツモから、そう呼ばれる。同卓した者にとっては、とてつもないプレッシャーを受けるプロだが、卓を離れれば実に誠実で、腰が低い。試合会場となっているスタジオに入れば、スタッフに自分から率先してあいさつし、感謝の気持ちも欠かさない。弱肉強食の世界であるからこそ、クセが強いプロも多い中、先輩・同輩・後輩と、世代を問わず慕われる理由は、卓で見せる恐ろしさとはまるで違う人間力だ。

 最強位獲得の感想を問われ「みなさんの応援のおかげで取らせてもらったタイトルです。次は自分の力で掴み取って、また『瀬戸熊、強いな』と言ってもらえるようになりたいです」と語った。もちろん周囲の仲間、ファンは瀬戸熊自身の力で掴み取ったものだとわかっている。新最強位をもっとも身近で支え、時に叱咤激励もしてくれた妻も、この日ばかりは「よくやった」と自宅で出迎えてくれたことだろう。己を信じ、暗闇を抜け、険しい道を歩いて頂点に立った瀬戸熊。どれだけ周りに褒め称えられようとも、次の山を目指して歩みは止めない。
ABEMA/麻雀チャンネルより)

【動画】瀬戸熊直樹が優勝した麻雀最強戦2021
【動画】瀬戸熊直樹が優勝した麻雀最強戦2021
【動画】Mリーグでも活躍する瀬戸熊直樹
【動画】Mリーグでも活躍する瀬戸熊直樹
【動画】Mリーグでも活躍する瀬戸熊直樹