将棋界の最年少記録を次々と塗り替える藤井聡太竜王(王位、叡王、棋聖、19)と、タイトル99期のほか七冠独占、永世七冠など大記録をいくつも持っているレジェンド・羽生善治九段(51)。2人の天才棋士については、度々比較もされ、また共通した部分を探すことも多い。ともに中学生時代に四段昇段、プロの世界に飛び込み、10代でタイトルを獲得。驚異的な勝率で勝ちまくるという様子も似ているが、羽生九段の若き頃をよく知る島朗九段(58)は、とことん考え抜く姿勢こそ似ている部分だとした。ただ勝つだけではなく、強くなりながら勝つ。この繰り返しが、他を寄せつけない成長の所以だ。
将棋の対局で設定されている持ち時間は、タイトル戦を除けば順位戦が最長で6時間。次いで竜王戦、王座戦の5時間がある。かつてはもっと長い時間が設定されていたこともあり、そもそもアマチュアレベルでは、この長時間を目の前の一局についてだけ考えることすら至難の業だ。つまりは考えられることも強さを示すものになる。
島九段からすると、最近の棋士は「昔に比べて明らかに(すぐに)投げない。もっと淡白だと思った人も投げない」と、敗色濃厚の将棋になったとしても、持ち時間を多く残して投了する棋士が、格段に減ったという。「負けが決まっているけど、1手違いにしてから投了しようという『形作り』という言葉がありますが、平成の早い時期に消えたと思っています。あと10年もしたら、早く投げる人は絶滅するんじゃないでしょうか」と、大逆転のきっかけを作るべく、最後まで勝負手、怪しい手を考え続ける傾向を説明した。
島九段自身、時に早く投げるとも言われ「美学じゃないです、精神的に耐えられないだけです」と笑うが、かつては自分より早く投げる先輩に驚いたこともある。「私たちの先輩の世代は、早く投げる方も多かった。自分が優勢で、夕食休憩まで15分あった時に、相手の先輩が投げたがっているのがわかったんです。でも、さすがにいい加減に指すわけにもいかないと思ったんですが、そうしたら『1手指してくれれば投げるから、早く指してくれ』と声に出して言われたんですよ」。対局者が私語を交わすのも、その当時ならではだが、事前の“投了宣言”というのも、実に珍しいことだったろう。
そんな時代でも、とことん考えて将棋を指していたのが羽生九段であり、ライバルである森内俊之九段(51)、佐藤康光九段(52)といった同世代の実力者だった。「この方たちは、いつも時間を使って考えていた。終盤で勝ち将棋になっても、自分が納得するまで指さない。楽をしない将棋ですね。羽生さんのように誰よりもトップなら、形勢は正確に判断できる。でも羽生さんは若い頃からずっとベストを尽くすし、投げっぷりが悪かった。悪い将棋を耐え続けるのが大事ですが、悪い局面をずっと見ているのは結構つらいんですよ」。勝とうが負けようが、与えられた時間は全て使って考える。それをしてきた棋士が、少しずつ将棋界の頂点に近づいていったという。
そして、この考えることを今、まさに積み重ねているのが藤井竜王だ。「これくらいでいいだろうが絶対にない。それが将来の財産になるんじゃないかなと。藤井さんに隙がない所以じゃないでしょうか。そういう意味では羽生さんの若い頃に似ている気がします」。今年度はタイトルを4つも獲得し、2日制の長時間対局も増えてきた藤井竜王。かつての羽生九段がそうだったように、強い相手と長い時間考え続ける1分1秒が、血肉となってまた強くなる。
(ABEMA/将棋チャンネルより)