カタールワールドカップ後最初の日本代表合宿が終わった。キリンチャレンジカップ2023として行われた国際親善試合の結果は、24日のウルグアイ代表戦が1-1の引き分け、28日のコロンビア代表戦が1-2の敗戦となった。
【映像】日本代表が新たに取り入れた「偽サイドバック」「中盤の菱形」「新ユニット」
2026年「ワールドカップ優勝」を目指す日本代表に必要なもの
森保一監督が率いる日本代表は、新たなフェーズに入っている。惜しくもベスト8進出を逃したカタールワールドカップを経て、指揮官は2026年の北中米ワールドカップで「優勝を目指す」と公言。より高い目標を掲げて再スタートを切った。
吉田麻也や長友佑都ら、長くサムライブルーを支えたベテランたちは選外に。新たに若い選手を多く招集して臨んだ3月シリーズの合宿前に、森保監督はカタールワールドカップまでの教訓を踏まえた上で1つのテーマを掲げていた。
「いい守備からいい攻撃にという部分で、カタールワールドカップでは相手が嫌がるカウンター攻撃をできたと思いますけど、ボールを握った際にもっと相手が嫌がる攻撃をする部分のクオリティを上げていかないといけない」
カタールの地では耐える時間が長く続いたものの、粘り強い守備からの高速カウンターでドイツ代表やスペイン代表を破った。その成功体験はチームの財産になっているが、日本代表が「ワールドカップ優勝」を目指すならば、より主導権を握る時間帯を長くすることが必要になる。
荒削りながらも可能性を見せたサイドバックシステム
24日のウルグアイ代表戦で、さっそく変化が見られた。試合開始時に4-2-3-1のシステムで戦うのはカタールワールドカップと変わらないが、攻撃を組み立てる際に両サイドバックが内側に絞り、ボランチを近い距離でサポート。中央からボールを前進させ、その先では日本代表の強みである両ウィングの突破力を活かして相手の守備を崩そうというコンセプトだ。この戦術は、主に新人の名波浩コーチの発案と指導によって実践された。
しかし、決してうまくいったわけではなかった。両サイドバックが本来のポジションを離れて内側に絞るタイミングや、味方をサポートするタイミングなどが合わず、チーム全体が機能不全に。カタールワールドカップでも威力を発揮した速攻ではいくつかチャンスを作れたものの、先制された展開で1点を返すのが精一杯。全体を通してシュートに至る回数が少なく、課題だった遅攻は改善されないままだった。
ただ、新たなチャレンジに対しては前向きな意見が数多く聞かれた。「トライすること自体はいいこと」と口を揃える選手たちは新戦術の構築に意欲を示し、ピッチ内外で積極的な議論が生まれていたのも間違いない。
実際、28日のコロンビア代表戦では幾分か改善した姿が見られた。両サイドバックのポジションが現実的なものになり、全ての局面で内側に絞るのではなく、相手のプレッシャーのかけ方やボール状況、味方の配置などを鑑みて、闇雲に本来のポジションを外れなくなった。
それでも理想的な展開にはならなかった。攻撃のビルドアップに意識が向きすぎたせいか、不用意な横パスでボールを奪われるような場面が増え、今度は守備でプレスがうまくハマらない。結果的にボール保持そのものがままならなくなり、意図した形でサイドバックのポジショニングが活きるような状況がほとんど生まれなくなってしまった。
森保監督が「いい時間帯に先制点を奪った中で、試合をコントロールしながら相手にダメージを与えていく展開にできず、反省しなければいけないところがある」と述べた通り、ボール保持によって主導権を握る戦略は機能不全に陥っていた。
中盤の菱形や新たなユニットの構築など多くの変化がもたらされた2試合
他にもいくつか新たな試みがあった。コロンビア代表戦終盤に久保建英をトップ下、遠藤航をアンカーに据えて中盤を菱形にした4-4-2のシステムを導入。事前に練習していた形ではなかったが、1点を追いかける展開でマンツーマン気味の守備からボールを奪って、人数をかけてゴールに迫るという意図はピッチ上の選手たちがうまく表現できていたと言えよう。
そして、森保監督はいくつかのポジションで新たなユニットを試していたようにも思える。例えば右サイドでは、菅原由勢と堂安律、あるいは菅原ないし橋岡大樹と伊東純也という組み合わせが森保ジャパンでは初めて採用された。
これまでダブルボランチは遠藤航と守田英正が鉄板のコンビだったが、コロンビア代表戦では守田と鎌田大地で組むパターンも披露。左サイドではカタールワールドカップ前にうまく機能しなかった伊藤洋輝と三笘薫の縦関係を、新たな戦術にはめ込もうとしていた。冨安健洋や吉田麻也が不在だったセンターバックも板倉滉を軸にしながら、相方に瀬古歩夢や伊藤を据えて可能性を図った。
ただ、どれも結果にはつながらなかった。全体的にテスト色が強い中、危機感を露にする選手もいる。堂安は「本当に不甲斐ないですし、いろいろトライしているのは皆さんも見てわかる通りですけど、日本代表なので負けちゃいけない。ワールドカップが終わって、みんなが期待してくれているなか、1勝もできないのは、いくら新しい選手(が多いチーム)だからでもダメ」と、1分1敗という現実に対しての率直な考えを述べた。
日本の強み、サイドアタックを生かすための最適解は
ボールを保持する時間を長くしていこうと様々なトライをするにあたって、危惧していることがある。それはボール支配率を上げることが「ゴールを奪うため」ではなくなってしまうことだ。つまりプレーの選択が「ボールを保持すること」を意識しすぎて、ゴールを奪うための「手段」が「目的」にすり替わってしまう恐れがある。
堂安が「Jリーグを批判しているわけじゃないですけど、Jリーグっぽいサッカーをしている感覚がある。ヨーロッパはもっと縦に速いゴールに向かっていくサッカーで、歓声が常に響いて、攻守が常に入れ替わる。やりたいことはもちろんありますけど、その中でプライオリティを忘れちゃいけない」と危惧したのは、ボール保持が目的化するような場面や時間帯があったからだろう。そうなっていては世界一を目指すのは難しい。
森保監督はコロンビア戦前日の記者会見で「(サイドの)幅を使った攻撃と、サイドバックが内側にいくことの両方を将来的には使い分けられるように、今は内側での関わりをトライしていると考えていただければ」と語っている。指揮官としては、サイドバックが内側に絞るポジショニングを組み込んだビルドアップを、あくまでゴールを奪うという「目的」を達成するための戦術オプションの1つにしたい考えだ。
合宿を通して「サイドバックのポジショニング」についての議論が過熱気味だった。しかし、これまで通りの外側を追い越すようなウィングとの連係と新たなオプションを相手の出方に応じて使い分けられるようになり、より効果的にゴールを奪いにいくのが理想である。今回の合宿はそのための第一歩だった。
コロンビア代表戦後、守田は「日本代表には特徴を持っている選手がすごく多くて、やはり一番の強みは両サイドアタッカーだと思う。彼らをどれだけ高い位置でプレーさせるかを逆算して落とし込めていないというか、自分がまだまだそこに至っていないというのが現状」と語った。森保監督や名波コーチが仕込もうとした戦術の最適解をまだ探っている状況なのは間違いないだろう。
一方で「オプションというのはいくらでも持っているだけいい。それを作る意味でも、今は提示されたものに対して選手が100%でトライする。それ(トライする意識)が70%から80%で、疑心暗鬼になりながらプレーしては、その跳ね返りをこれからに生かすことができないと思うので。今は100%でやっていくことが次につながる要因になるんじゃないか」と自身の考えを述べた。
鎌田も「自分たちは監督やコーチ陣に要求されていることをやるのが仕事。今回、自分たちは多くのことにトライすることができたと思う。なので、彼らが次の代表の時にどうするか、提示されたものを自分たちができるように。あとは自分たちも個々のクオリティもまだまだ足りないと思うし、そこをしっかりやっていきたい」と、コロンビア代表戦でダブルボランチを組んだ守田に呼応する。
「点」ではなく「線」で見る重要性 新生・森保ジャパンは始まったばかり
確かにウルグアイ代表戦とコロンビア代表戦、それぞれの試合を「点」で見ればうまくいったことよりうまくいかなかったことの方が多く、悲観的な見方をされてもおかしくない。ただ、第2次森保ジャパンを北中米ワールドカップまでの1本の「線」と見た時、それはまだ始まったばかりだ。
次の6月の活動で、ウルグアイ代表戦やコロンビア代表戦からのフィードバックをチーム力向上につなげられるかが極めて重要になる。ボール保持を「目的」とせず、有効な「手段」に昇華させられるか。また、攻撃におけるボール保持と守備における前線からのプレッシングの最適なバランスを見つけ、攻守の循環をよりスムーズにできるか。
ボール保持に意識が向きすぎると、今度は守備でプレスがかからずボールを効率的に奪えなくなる可能性もある。それだけに両立は非常に困難なミッションになるが、森保監督ら指導陣の手腕に注目したい。
文・舩木渉(C)浦正弘(ABEMA/キリンチャレンジカップ2023)