選挙の応援演説に来ていた岸田総理に向けて爆発物を投げ、演説を妨害した疑いで17日朝、和歌山県警が木村隆二容疑者を送検。警察によると容疑者が爆発物を自ら作っていた可能性があることがわかった。
選挙中の凶行に多くの人は2022年7月を思い起こしたのではないだろうか。安倍元総理の銃撃事件。この時、逮捕された山上徹也被告も応援演説中に自作の銃で犯行に及び、今回の事件と状況が似ていることからTwitterでは「山上被告の報道に感化された『模倣犯』じゃない…?」「生い立ちとか報道されて英雄視しちゃったのかな」「メディアが何でもかんでも報じすぎたせい」との声が見られた。
木村容疑者の動機が明らかにならないうちから模倣犯との憶測が飛び交い、メディアの報じ方を疑問視する声が見られた。果たして、事件を招いたのはメディアなのか。『ABEMA Prime』では異なる考えの元新聞記者を招き、報道のあり方を考えた。
■「英誌の警鐘が現実に…」安倍元総理事件の報道が模倣犯を生んだ?
まず、選挙期間中に起きた今回の事件をどう見るべきだろうか。
「今は容疑者に同情できるような動機や背景を報じるべきではない」との考えを持つ元読売新聞記者で『SAKISIRU』編集長の新田哲史氏は「故・安倍元総理の事件以降、犯罪のあり方のフェーズが変わった。選挙のやり方もこれから問われるだろう」と分析する。
報じ方を問題視する意見も出ている。英国の経済誌『エコノミスト』が2月に、「殺人者をダークヒーローや下級国民の救済者であると見る人がいる。山上ガールという女性ファンも現われた。政治的暴力によって加害者の目的が多く達成された。これにインスピレーションを得た悪意のある人物がきっと今後、罪を犯す」という内容の記事を掲載した。
動機や背景の報じ方に問題があったのではないかという見方もあるが、そうした意見に対して、現場を知るジャーナリストはどう考えているのか?
新田氏は「手口を報道しすぎると模倣されるおそれが出てくる。悩ましいのはいろいろつまびらかにしていくと、今の時代は良からぬことになりかねない点。ジャーナリストが正義感をもとに取材して発信した情報を、犯罪者は常識人と違う感覚で、思ってもいない角度から見て分析し、自分の犯罪に利用する。今はネットで爆弾の作り方を容易に知ることができる時代だ。受け手側にさまざまな人がいることをメディア側は考えるべき」と述べた。
一方で、元朝日新聞記者でジャーナリストの鮫島浩氏は「テロは常に新しいテロを生むと言われる。日本の戦前もそうだった。それに対して報道がどうあるべきかが論点。一律に規制したり、法律やガイドラインを作っても起きたことは隠せない。報道規制を出しても、むしろ陰謀論を呼ぶ。インターネット時代の今、現実問題として規制はできないと思う」と、規制に否定的だ。
そのうえで「今、足りないのは読売新聞が朝日新聞を、朝日新聞が読売新聞を、と互いにもっと批判することだ。クロスチェックすることで論理的で正確な報道だけが生き残っていくのがあるべき姿。いくらガイドラインを作ったとしても模倣犯は防げない。リアリズムで見ると、そちらのほうが大事」という考えを示した。
■容疑者に“同情する報道”はNG?
容疑者に同情するような報道をすべきでないという考えもある。事件の報じ方にアップデート、はたまた規制は必要なのか。
鮫島氏は「私は長年、朝日新聞で政治報道をやってきたが、インターネット時代になって政治報道のダメさぶりが可視化されたところがあると思う」と、報じる側の問題点を指摘しつつ、「フランスは王様を殺して権力をみんなで取った国だから、国家に対する信用度が高い。ただ日本の場合、国会答弁で嘘があり、公文書の改ざん等もあった。民主主義は未熟で、国家権力を信用できない点が数多くある。報道規制を国家に委ねていいのかというと、まだ心配だ。だから規制強化より原則として報道の自由を保つべき」と述べた。
「規制をかけると線引きが非常に難しい。一番大事なのはなぜテロが起きたかを検証すること。それを国家に任せると国家にとって都合のいい検証をしてしまう。我々ジャーナリストがしっかり検証して、それが正しいかも含めてみんなに評価してもらいながら対応策を考えるのが目指すべき道」というのが鮫島氏の考えだ。
一方、新田氏は「山上容疑者の事例で言えば、安倍元総理のことを嫌いだったゴリゴリの左派であろうが、テロは絶対にやってはならない。その大前提が共有されていなかった」と指摘しつつ、「極端な例で言えば“殺されて然るべきだ”といった常識的ではない言動は、自主規制的にやめるのはどうか。フランスはテロ擁護罪があり、テロを賛美する言動は、SNS上での発言を含めて懲役や罰金の対象になる。なぜ海外でこうした動きが起こっているのかをもっと知るべき」と主張。
「メディア業界でも、この20年ほど知恵は絞っていて、犠牲者が出たことをきっかけに、誘拐報道に関しては“人質が取られている限り報道は控える”といった協定ができた」と具体例を挙げ、「報道が社会に大きな影響を及ぼした時に、まずは新聞業界とNHK、民放連が“お上”に言われる前に、一年くらいかけてきちんと検証して、何か提言や答えを出したほうがいい」という考えを示した。
一連のやり取りに、米国出身でお笑い芸人のパックンは「テロリストの訴えに便乗して報道で伝えて、テロリストの思惑通りに動くのはやはり再犯の防止にならない。“あなたの訴えたいことを我々は聞かないぞ”という姿勢が大事かなと思う」とコメントした。
新田氏は最後に「週刊文春などの週刊誌や新聞の社会部もそうだけれど、事件報道は、地方の殺人事件と同じやり方や感覚で、勝手に近所の人などに話を聞いてストーリーを作っている。この事件報道のあり方も含めて、本当に昭和のやり方のままでいいのか、考えなくてはならないと思う」と、長年続く古い報道スタイルの問題点についても指摘した。(『ABEMA Prime』)
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