5月18日、とある大会の開催発表記者会見が都内の大学で行われた。その名も、「あの夏を取り戻せ 全国元高校球児野球大会2020-2023」。新型コロナの影響で夏の甲子園が中止となった2020年。当時高校3年生だった元球児たちによる野球大会が2023年11月、甲子園球場を中心に兵庫県内で開催される。
約1000名の選手、協力者の大人たちを動かした元球児。一人の大学生がなぜ、球児の聖地・甲子園での野球大会を実現させることが出来たのか?その軌跡に迫る。
発起人となったのは武蔵野大学3年生の大武優斗さん(21)。彼自身もコロナ禍で目標を失った球児の一人。「僕たち高校球児にとって甲子園という場所は夢の場所」と大武さんは話す。
父親の影響で小学生から野球を始めたという大武さんは、甲子園出場経験もある東京の城西高校にスポーツ推薦で進学。甲子園出場は夢であり青春のすべてだった。しかし、高校生活最後の年となった2020年、突如として猛威を振るった新型コロナウイルスの影響で、練習はおろか、学校への登校もままならなくなった。そして、部活動の全国大会が次々と中止になる中、5月20日に、戦後初めて夏の甲子園大会の中止が決定された。
大武さんは当時について、「甲子園があるからという理由で頑張れた。そんな中、一瞬で目標が消えた瞬間は『何のために今まで野球をやってきたんだろう』と思った」と振り返る。けがを克服しレギュラーを勝ち取った最後の夏。地方大会開幕前の非情な通告だった。
大学進学後は野球と距離を置いていたと話す大武さん。しかし、胸の内には「あの夏」へのくすぶる思いが残り、新たな目標が見出だせずにいた。
「当時のメンバーとご飯を食べに行って大学や遊びの話をしていたが、最終的に、甲子園が無くなったときの悔しさの話になってしまった。そういう高校球児が全国に大勢いるんじゃないか。当時の選手が終止符を打って、新しい挑戦をできるようなきっかけになればと思う」(大武さん)
同年代、全ての球児の夢に終止符を打ち、新たな一歩を踏み出してほしい。2020年のあの夏、夢を奪われた全国の高校球児を集めて「甲子園」を開催しようと大武さんは立ち上がった。
まず声をかけたのは、地方大会中止に伴い、各都道府県で行われた独自大会の優勝校メンバー。SNSを通じて自らの想いをぶつけた。
「一番最初に感謝された。『本当に俺も悔しくてずっと何かモヤモヤして、新しいことに挑戦できないんだよ』って声をもらって、やっぱりみんな同じ思いなんだと感じた」(大武さん)
大武さんの思いに共感し、独自大会を勝ち抜いた49の代表校のうち44チーム、総勢約1000名の参加が決まった。また、運営のボランティアを申し出る人も続々と集まり、その中には高校野球とは縁がなかったという若手実業家の姿もある。
「TikTokアカウント運営者募集のツイートを見て『ぜひ』っていう感じで。『えっ、大学生が甲子園やる!?意味分からん!すげえ』ってなって、そこから興味津々で参加させてもらった」(実業家・西村海都さん)
こうして、「あの夏を取り戻せ」プロジェクトチームが発足した。開催に向け歩みを進める中、ネックとなったのが聖地、甲子園球場の使用だった。
甲子園球場の使用許可を取り付けようとした大武さんは、「『本当に大丈夫か』とか『本当にできるの』みたいな声がすごくあった」と話す。「現実性がない」と、初めは申し込みを断られたという。
そこで大武さんたちは、SNSを通じて積極的に日々の活動を発信し始めた。また、全国のテレビ局、新聞社などに電話をかけ自ら企画をプレゼンした。多数のメディアが取り上げたことでプロジェクトの存在が広まり、甲子園使用の申し込みの受理へとこぎつけたのだ。
しかし、使用可能な日数はわずか一日。参加チーム全てが甲子園で試合をすることはできない状況で、「甲子園」にこだわるか、「日本一を決める全国大会」として別の会場を探すか。大武さんが出した答えは。
「『甲子園じゃないと意味がない』という声が100%だった。やっぱり僕たち高校球児にとって甲子園は夢の場所だったし、その場所にすごく価値があるんじゃないかと思う」(大武さん、以下同)
そして3月上旬、ついに甲子園球場での開催が決定した。
「(決定前は)毎日夜は甲子園の夢を見ていたし、選手だけで1000名、大人を巻き込んだら相当な人たちが応援してくれるプロジェクトなので、多分心の中ではすごくプレッシャーを感じていたと思う」
甲子園が使える11月29日には、全チームが参加するセレモニーを開催し、別日には兵庫県内のグラウンドで交流戦が実施予定となっている。オンラインも含め70社以上が参加した開催決定記者会見には、特別ゲストも登壇した。
「新しいことを起こすのに若者の力というのは非常に大切。野球界だけでなく色んな意味で塞がっていると感じている若者たちに、勇気を与えてくれるんじゃないかと思う」(野球解説者・古田敦也氏)
多くの人々の思いが入り混じった「あの夏を取り戻せ」プロジェクト。3年前、未知のウイルスによって止められた、球児たちの時計の針が再び動き始める。
「3年前の悔しさをこのプロジェクトで、甲子園という夢舞台で晴らしてほしい。このプロジェクトをきっかけに若者が『あいつらが夢を語って走り始めたから夢語ろうぜ、挑戦しようぜ』っていうものが若者の中でムーブメントになればと思います」
開催決定記者会見にも登壇した、野球解説者・古田敦也氏に話を聞いた。
――大武さんの活動はどう?
「本当に彼はよく頑張ったと思う。都道府県をたくさん回ったり、実際に電話してメディアに出てプレゼンしたりして、応援してくださる方が増えてきた。本当に立派だと思う」(古田氏、以下同)
「若者はパワーがある。大人になると『ちょっと無理だな、お金足りないな』とか、諦めがちになるが、若者の熱意というか、気持ちの強さで突き進むと応援してくれる方も増える」
――高校球児にとって甲子園の魅力とは?
「僕は毎年取材させてもらってるが、やっぱり甲子園はいい。開会式の中継もされてるが、やっぱり本物は違う。僕らにとっては聖地。僕は甲子園に出られない高校だったので、プロ野球で初めて阪神戦で入ったときは、試合よりも何よりも先に外野を走り回った。『こんないい球場ないよ』っていうぐらいワクワクした」
(『ABEMAヒルズ』より)
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