「解離性同一性障害(DID)」。虐待や性犯罪など、子どもの頃の苦痛やトラウマから逃れるために別の人格を作り出す、いわゆる多重人格だ。
「交代人格だけだと6人で、主人格の私を入れると7人」。フリーライターとして活動する碧月はるさんも、別人格が生まれたきっかけは幼少期の両親からの虐待だった。耐えようとする男性の人格が生まれ、つらい記憶を思い出して泣きじゃくる少女、それらを統率するしっかり者の女性など、6人の人格がいるという。
当事者の多くが感じているのは生きづらさだ。碧月さんは「(虐待の)フラッシュバック。疲れや緊張がずっと続いていて、それがふっと抜けた時、気絶して乖離したこともある。1時間で私に戻れる時もあれば、長いと1〜2日戻れない時もある」と話す。いつどこで人格が入れ替わるかわからず、けがをする危険も。そして、その間の記憶はないという。
別人格の時の情報をLINEにメモさせて引き継ぐなど、パートナーの協力もあり、なんとか生活できているということだ。ただ、「仕事に支障が出るのが不安材料。『これを今日中にやりたい』と思っていても、5歳の女の子に乖離している時にはできない。月30本書ける人と月15本しか書けない人だったら、どちらの生活が安定するかはわかりきっている。そこはしんどいというか、悔しさのほうが近いかもしれない」。
■70〜80人の人格、生放送中に“交代”も
生活への支障だけでなく、わかってもらえないという苦しみも。多重人格者としての日常をYouTubeで発信する篠原さん。現在、なんと70〜80人の人格がいるそうで、「一番古い人格だと2〜3歳の頃からいたらしいが、きっかけはわからない。特に虐待があったわけではないことは確認が取れている。小学校、中学校と学年が上がっていくにつれて受けたストレスなどによって、人格が増えていくというのを繰り返している」と話す。
篠原さんは人格同士でコミュニケーションが取れ、自分の意志で交代可能だという。「(部屋の中に)スポットと言われる直径2メートルくらいの枠がある。その表面に薄い膜みたいなのがあって、それ越しにタッチすると位置がクルッと変わる感じで交代できる」。そのため、「演技ではないか」「男人格だったら上半身裸になっても平気だろ」「化粧をしているはずがない」などの心ない声も。
『ABEMA Prime』生放送中のスタジオでも交代はできるのか。聞いてみると、「ちょっと時間かかるんですが、失礼します」と、それまで話していた男性人格の「秋人」さんがうつむいて約20秒後、「はじめまして」と現れたのは主人格の稚依子さん。「あっくん(秋人)からどうしても出たいという話があった。あっくん主体でいろいろやり取りなどをするならいいということで了承した」と出演の経緯を話す。
稚依子さんが好きな食べ物はおでんだが、秋人さんは焼肉とおいなり。嫌いな食べ物も人格が変われば食べられるそうで、「自分は苺のお菓子が食べられなくて、においから受け付けないが、他に苺牛乳が大好きな子がいる」という。
さらに、恋愛対象も変わるということだ。「トラブルはあまりない。彼氏のことをあっくんは家族だとは思っているけど、自分の恋人だとは思っていない感じだ。あっくんの恋愛対象は女性なので、彼氏を『恋愛対象としては見られない』と言う」。
篠原さんは治療も受けているが、「その中で、最終的に1人になることはあり得るだろうなと思う。ただ基本的には、誰が表に出ていても困らない生活を送れるように、ということを目標にしている」と話した。
ここで稚依子さんから秋人さんに交代。主に10人の人格が出てくる中で、「稚代子は主人格なのに出られないことが多いので、半分は出られるような環境を作っていきたい」との思いを持っているという。ただ、現状の周囲への対応としては、「必要があれば相手に説明するが、誰にでもしなくていいと思っている。俺(秋人)が主人格の稚代子のふりをしてつつがなく済むようなことだったら、DIDは演技しているのではないかとよく言われるが、主人格の演技をしてやり過ごす」と明かした。
では、周りの人にどのような向き合い方を望むか。「理解を得るのはすごく難しいことだと思っている。解離性同一障害は、解離性障害のくくりの中の疾患。倒れたり、身体が勝手に動いてしまったり、そっちの頻度のほうが多いのかなと思う。なので、DIDの前に解離性障害を知ってほしいという気持ちは強い。また、姿は同じだけど別の名前で呼んでくれというのは相手にとっては負担だと思うので、そこまで強要したくはない」と述べた。
■「人格によって事故や事件を起こすのは本当に不幸なこと」
精神科医で本郷の森診療所院長の岡野憲一郎氏は多重人格の定義について、「自分の中に複数の状態があり、それぞれが個別に活動すること。自分のある部分がたまたま出るのではなく、Aさん・Bさん・Cさんがその時に1人の人間として活動して、その間、他の人格は裏にいる状態が多重人格障害。患者さんの中には、何人かいるのは当然で、“あなたは1人しかいないの?大変じゃない?全部1人でやらないといけないんだ”とおっしゃる方もいる」と説明。
人格の“切り替え”に対しては、「最初は簡単できないと思うが、治療者が“○○さんがいたら話を聞いていいですか?”という一種の自己暗示、あるいは自己催眠のようなかたちを練習することによって、他の人格に変われるようになることは実際にあると思う」との見方を示す。
多重人格による生きづらさについては、「DIDの方々は基本的には人の心がわかる、もしくはわかりすぎて、強い思いやりの感情から相手に同一化しやすいということがある。人の心がわからなくて敵意を向けるという、パーソナリティとは逆の方向だ。ただ、中には虐待などを受けたことで、粗暴だったり暴力的だったり、自分を傷つけたりする人格が含まれることがある。素直で優しい人たちが、そういう人格によって事故や事件を起こすということは実際に起きていて、本当に不幸なことだ」と述べた。
岡野氏はその上で、「この議論でよく言うのは、『人格の多面化と多重化は異なる』ということ。例えば、私が医者や生徒などいろんな面を使い分けていても、家から息子について電話が来たら“大変だ”と父親になる。このようにすぐ変わることは人格の多面性で、性格の豊かさだ。しかし、多重性の場合はくるくる変わることができなくて、1つの人格から簡単に変われない。非常にリジット(硬い)なかたちをとる」とした。(『ABEMA Prime』より)
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