将棋の第71期王座戦五番勝負第4局が10月11日に京都市内で行われ、永瀬拓矢王座(31)が藤井聡太竜王・名人(王位、叡王、棋王、王将、棋聖、21)に138手で投了、シリーズ1勝3敗で防衛に失敗し4期連続で保持していた「王座」のタイトルを手放した。勝機が複数回訪れながらもそれを逃してしまった絶望を全身で表現するように髪をかきむしり、天を仰いだ永瀬王座。明確な結果を突き付けられてなお、目の前に座る“八冠王”に対し「今の自分の全力は出せた」と振り返り前を向く姿は、多くのファンの心を熱くさせた。
運命の第4局の舞台は、京都市の「ウェスティン都ホテル京都」。絶対に追いつきたい永瀬王座は、この一局を白星で飾るべく並々ならぬ闘志を燃やしていた。秋のダブルタイトル戦の期間に突入している藤井竜王・名人にとっても負けられない思いは同じ。後手番で得意の角換わりをぶつけて、全幅の信頼を寄せる長年の研究パートナーに挑んでいった。
互いの研究の深さを知り尽くす仲とあれど、永瀬王座は本シリーズで藤井竜王・名人を序盤から圧倒。若き絶対王者を長時間に渡って苦しめた。第4局でも序盤早々に桂馬を跳ねる趣向を見せペースを掌握。絶妙なバランス力を見せる藤井竜王・名人からリードを奪って終盤戦へと突入した。一度は逆転を許したものの、永瀬王座が誇る受けの技術を駆使して再逆転に成功。はっきりと勝勢と見えるところまで藤井竜王・名人を追い詰め、勝利は、フルセットは、もう目前に迫っていた。
しかし、目の前に座るのは「藤井聡太」、なのだ。一瞬たりとも集中力を切らすことのなかった永瀬王座だったが、「エアポケットに入ってしまって…」。自分の手に収まるはずだった白星がすり抜けていく。髪をかきむしり、天を仰ぐ。絶対に戻らない時間を願うかのように額に両手を組みぶつける。「“人間”のままでは勝てない」と、すべてを将棋に捧げた永瀬王座がクライマックスで見せたあまりにも人間的な仕草。着ていた和服の襟元は激しく乱れ、きつく握られた袴には不自然なしわが寄っていた。
劇的な幕切れに、ABEMAの中継に出演した中村修九段(60)は「永瀬さんは4局本当によく頑張ったと思います。結果としては残念だったと思いますが、藤井さんに立ち向かえる一番手であることは今日の将棋を見ていてもわかる。非常に残念だった」。決して同情的ではなく、白黒の結果以上に勝負の真理を追究する棋士仲間として現実に直面し感じたコメントに、視聴者からも大きな反響の声が寄せられていた。
終局後インタビューに応じた永瀬王座は、「結果としてはとても残念に思います」と明瞭な声で答えた。心の内は誰にもわからない。それでも「前の棋聖戦(2021年度)よりはだいぶ差が縮まったのかなと思っていたのですが、終盤でチャンスがあったときに決定力が足りずに負けになってしまう、というのが2局続けてありましたので、それはなんとかしなければいけないと思っています。全体的には一局一局全力で挑むことができて、一生懸命指して内容はどれも見応えのある瞬間があったかと思っています。自分なりにベストを尽くしてて、今の自分の全力は出せたのかなと思います」と前を向く。「公式戦で藤井さんに教えていただいて、番勝負を始める前と後ではだいぶ見えてきたものも違うかなと思います。個人としては悲観せずに、今まで通り一歩一歩頑張っていきたいな思っています」。
この結果、「名誉王座」の獲得はまた来期からの再出発に。2018年に初タイトルの「叡王」を獲得して以来、王座4期を守ったが久々に無冠にもなった。しかし近い未来、必ず藤井竜王・名人の前に現れるであろう永瀬前王座の言葉は、多くの将棋ファンの心を震わせ、熱くしていた。
(ABEMA/将棋チャンネルより)