脳科学と最先端のテクノロジーを組み合わせた「ブレインテック」。各国で開発競争が進み、軍事利用の可能性も検討されている。
3月20日、イーロン・マスク氏が設立した「ニューラリンク」社は、事故で手足が不自由になった患者が、考えるだけでパソコンを操作し、チェスをする動画を公開した。この患者は、1月に脳の信号を送信するためのチップを埋め込んでいたのだ。
また、中国では、1月に清華大学などの研究チームが「脳に埋め込んだチップからの信号を利用し、手足が麻痺した患者が再び水が入ったグラスを持てるようになった」と発表した。
脳神経科学とテクノロジーを組み合わせた「ブレインテック」は、人体の失われた機能の回復などへの活用が期待されている。
一方で、人間の能力を拡張する目的でも応用が可能であり、科学技術の軍事利用に詳しい生命倫理政策研究会 橳島次郎共同代表は、「ブレインテックは軍事分野でも関心を集めている」と指摘する。
「軍事転用すれば、兵器システム全体を統合している人工知能やコンピューターと、オペレーターや兵士の脳を直接つないで、いろんな事態にいち早く対応できるようにする、などが考えられる。これはもうどこでもやっていることだと思うが、特にアメリカと中国が先頭を走っているという状況なのだと思う」
これまでにも中国では、軍が「脳とテクノロジーの融合が軍事上重要な戦略である」と位置付けてきた。
アメリカでは、国を挙げてブレインテックの開発が進められており、その中心が、国防高等研究計画局(DARPA)である。
「『長時間寝ないですむ』とか『ごはんを食べないですむ』とかそういう薬剤の開発や、脳に電極を埋め込んで認知機能を拡大するそういう開発は、アメリカで公表されている限りでも行われている」(橳島共同代表、以下同)
各国のブレインテックの開発状況は、安全保障上重要な情報と認識されているという。
「軍事関連の研究は自国の国防にも直接かかわってくる問題であり、通常のインテリジェンス、諜報だけでなくて、科学研究機関全体としてもとても気にしている。中国とアメリカ両国の牽制のし合いもあるのではないか」
脳に直接作用する技術を使えば、人間を思うように動かすことができるかもしれない。能力の拡張や介入は、倫理的にどこまでが許されるのだろうか。
「例えばアメリカの軍関係の報告書でも、『兵士の脳を操作して恐怖や痛みを感じないようにする』という技術が想定されたことがある。しかし、その報告書では『これは逆効果だ。そんな兵隊を作ったら、バンバン死地に飛び込んで無駄に兵隊が死んでいく』と。恐怖心や痛みを取り除いたりする脳の操作は、軍事目的でやってはいけないと線引きをしている」
そして、現在最も懸念されているのは、「AI兵器システムに人間がどうつながれるか」という点だという。
「人工知能が兵器システム全体を統括する司令塔で、人間の兵士がそれにつながれると、人工知能の戦闘指揮の作業端末にされてしまう。これは“兵士の機械化”であり、兵士を殺傷機械におとしめてしまうことになる。そうならないために、脳とコンピューター・人工知能をつなぐ技術を人間の側で歯止めをかけるような方向で開発して運用してもらいたい」
橳島共同代表は軍事利用を目的としていなくても技術が軍事に応用される可能性を指摘し、「むしろ、民間の科学者や技術者が積極的に関わり、安全保障関連の技術開発を社会の目が届くところにつなぎ止める役割を」と強調している。
ブレインテックの開発競争と軍事利用の予防策について、ノンフィクションライターの石戸諭氏は「かつてデュアルユース(軍民両用)について取材をしたときにも思ったが、これは軍事利用できる技術、こっちは人々の生活のための技術などと明確に分けることはできない。『あらゆる技術が軍事利用できる可能性があるという前提に立ち、それでも一定の歯止めをかけながら研究を進めることはできる』という視点が日本社会には欠けている。特に日本の場合、安全保障にも関わる問題はイデオロギーと結びついてきたという歴史があり、非常に政治的な問題として、センシティブに取り扱われている。そして現在、大学と企業、防衛関係と研究者の間にも分断ができてしまい横断的な議論は不足している。科学者のコミュニティをもう一度作り直すことが必要ではないか。科学者が自身の研究がどんなリスクを抱えているのか理解した上で、自分がどこまで関われるのか明示する時代がいずれやってくると思う。また『科学者の言ったことを尊重する』だけではなく、踏み込み過ぎた研究には国や政治家がガバナンスを効かせる必要も出てくるだろう。社会の目が行き届くために必要なバランスは課題だ」と指摘した。
(『ABEMAヒルズ』より)
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