地獄からはい上がった健文トーレス(TMK)がおよそ8年ぶりとなる日本のリングでまたしても殊勲の勝利を挙げた。24日、大阪・大和アリーナで行われた52.5㎏契約10回戦で、WBOバンタム級11位にランクされる健文がWBOスーパーフライ級1位のKJ・カタラジャ(フィリピン)に2-1判定勝ち。夢の世界挑戦に大きく前進した。
今年5月、フィリピンでWBOバンタム級1位のレイマート・ガバリョ(フィリピン)から大金星を挙げた36歳が2試合連続で世界1位との対戦を迎えた。大方の予想は今回も不利。しかし、健文がひるむことはまったくなかった。
17戦14KO無敗のホープ、カタラジャは一発の威力を持つ29歳の実力者だ。健文はジャブを突きながら慎重に立ち上がると、距離を絶妙にコントロールしながらカタラジャの打ち終わりを狙う。2回、カタラジャはペースアップを試みたものの、健文の術中にはまるのを恐れたのかすぐに自重。序盤はテクニカルなペース争いとなった。
試合が動いたのは4回終了間際だった。パンチをまとめにいった健文に対し、カタラジャの右クロスが炸裂すると、健文がキャンバスに転がった。ちょうどゴングが鳴って主審が割って入った直後であり、ダウンは無効で、カタラジャに減点1が科せられた。
5回はダメージを心配された健文がペースアップ、カタラジャを下がらせ、さらには偶然のバッティングでカタラジャが左まぶたから出血する。競った試合だけに、減点と出血は後半の戦いに少なからず影響を与えると予想された。
それにしても健文の落ち着きぶりは光っていた。2023年に6年のブランクを経てカムバック、復帰4戦目となった5月のガバリョ戦は、まだ本調子とは言えなかった。日本国内でボクサーライセンスがなく、決まった練習場所もトレーナーもいなかったからだった。
ガバリョ戦後、TMKジムに所属して練習環境が整った。トレーニングの充実は選手に自信をもたらす。この日はガバリョ戦と比べての体つきが明らかにしっかりしており、後半に入っても大きくペースダウンすることはなかった。相手を誘い、攻めてきたところにパンチを合わせ、攻めてこないと見るやタイミングよくジャブを打ち込む。絶妙なゲームメイクが世界1位の動きを狂わせた。
カタラジャも何もしなかったわけではない。出血に苦しみながら右クロス、左フックで健文を脅かした。しかし、何度かペースアップを試みるも、そのたびに尻すぼみになってしまったのは健文のうまさゆえだろう。最後まで自慢の強打は火を噴かず、フルラウンドを終えてのスコアは、2人のジャッジが96-93で健文、残りが95-94でカタラジャと、健文に軍配が上がった。
前回、ガバリョ戦の初回TKO勝ちは見事だったとはいえ、左フック一撃で終わらせた試合は「ガバリョのボーンヘッド」という見方もできた。それが今回は世界1位を相手にフルラウンド戦っての堂々たる勝利だ。本気で世界を獲りにいくという観点に立てば、世界ランキングを手に入れた前回以上に価値ある勝利になったと言えるだろう。
元WBCライトフライ級王者のヘルマン・トーレスの二男で、10代のころから“天才ボクサー”と称されたが、道を踏み外し、犯罪に手を染め、2度の収監で計11年間も刑務所生活を送った。試合後、勝利者インタビューで健文は意を決したように思いを言葉にした。
「みなさんもご存知の通り、長い時期道をそれ、施設のほうにいました。今まではそれを隠し、ボクシングを、また生活をしてきましたが、これからは少しずつ胸を張れるようにボクシングに一生懸命打ち込みます。僕が被害にあわせてしまった被害者のみなさま、僕がスポットライトを浴びることで悔しい思いをしていると思います。しかし僕は過去を忘れず、一生懸命がんばります」
かつてインタビューしたとき、刑務所で暮らした11年間を「つらかったですか」と問うと、健文は「被害にあわれた方々がいる。僕がつらいなんて言うことは絶対にできない」と語気を強めた。その上で「今度はボクシングをしっかりやりきりたい。そうすることでこれからの人生に少しでもプラスにしたい。そうしなければ自分の人生を背負い切れない」とも話していた。ガバリョ戦でも、この日の試合でも、勝利を告げられた健文は静かだった。その姿に十字架を背負ってリングに立つ健文の思いが表われているように感じた。
世界1位を連続して撃破し、世界タイトルマッチが近づいたのは間違いない。もう遠回りはしない。10月で37歳になる健文は主戦場のバンタム級、一つ下のスーパーフライ級であっても、チャンスが訪れるのであれば、迷わずチャレンジしたいと考えている。