■能登半島地震でも活躍した「消防団員」
2024年1月1日に起きた能登半島地震。災害関連死を含め500人を超える死者、全壊家屋も6000を超えた。輪島市の観光名所「朝市通り」でも、地震で発生した火災で200棟以上が焼け、およそ5万平方メートルが焼失した。この際、能登半島へとつながる道路が損壊し、土砂も崩落したことで通行できなくなり、広域消防応援が到着するのが困難になり、より地元の消防団員による活動の負担が大きかった。
能登半島の穴水町・鹿波分団長を務める畑中健吾さんは普段、建設会社に勤務する。震災が起きた当時について「地震直後は隣町にいた。家に帰ろうにも道路が寸断されていたので、電波が届くエリアまで行って、地元にいる隊員に連絡を取り、ポンプ車を安全な場所に移動するように指示をした。うちの地区は能登全体で見れば被害が比較的少なかったが、道路が壊れていた。ここで火災などが起きたらどうなるか、そういう心配はあった」と振り返った。消防署付近の道路が土砂崩れで寸断されたが、救助や消火活動の恐れへの懸念から、会社の重機で撤去作業し開通した。
被害が大きかった奥能登地区は、消防隊員・職員数が191人に対し、消防団員数は999人。能登半島地震の際は、発災時の避難呼びかけ、倒壊家屋での安否確認、亀裂の入った道路の応急対応、避難所支援物資の整理・輸送などを消防団員が担った。
■消防団員、減少の理由は
