23歳でうつ病を発症…髪形に対する誹謗中傷で芸能界引退も決意

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 多くの人を惹きつける芝居をする壱成。30代になり活躍のフィールドが、バラエティー番組に広がっていくことで、精神に不調が起こった。

壱成:バラエティーで変に売れてしまったことがあって。所謂僕がハゲで気持ち悪いキャラクターに設定されることが多くなり、僕がスタジオ行くと「キャー、キモイ」が毎日。どこの現場行っても「キモイ」と言われてるうちに、精神的にだんだん壊れて行って。

 23歳からうつ病を発症した壱成は、髪形に対する誹謗中傷を苦に心を痛めるように。壱成を貶める声は徐々に大きくなっていき、2018年、3度目の結婚を発表した際にも心無い声が殺到した。

――誹謗中傷は何で言われたんですか?

壱成:3度目の奥さんになる人が24歳年下だったからです。Twitterに2万件くらいきた「ハゲ、死ね」って。家から出られない、部屋から出られない。怖くて。働けなくなる。これはいよいよ芸能界をやめるか。元々やめようと思って(石川県に)行ったんですけど。いわゆるエンタメとか自分の得意分野、俳優・芸能界で食べていくのは無理だと。諦めようと。向こうで就職して「普通の人になる」。

 外に出ることが怖くなり、芸能活動をやめることを決意。移住先の石川県のハローワークで職を探したといいう。

壱成:5、6社くらいですかね、ちゃんと面接したのは。介護施設と旅館と車のクリーニングと工場のラインも行きました。でもやっぱり病気が顔を出していたので(うまくいかなかった)。

――3回目の離婚の原因は経済的なこと?

壱成:主にそうですね。あとは色々ありましたけど主に経済的なことで、僕が至らなかったということ。貯金も何もなかったですからね。びっくりするくらい困窮していました。

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