そして、「もう1回、日本を世界の真ん中に立たせたい。立てるような国づくりを、仲間とやっていきたい」と意気込む。「省益でも、個人の利益でもない。50歳の団塊ジュニア世代として、今回の(アメリカとの)関税交渉を見ていて悔しいことがある」。
中高生時代を振り返り、「当時は“ジャパン・アズ・ナンバーワン”で右肩上がりだった。あの時も“ジャパンバッシング”で、同盟国アメリカに徹底的にたたかれたが、なぜたたかれたかというと日本が強かったからだ。自動車も半導体もそうだが、あの時はアメリカが心底恐れるような経済力があった。他の国に『生まれ変わったら日本人になりたい』と思わせるほどの技術が、日本全国どこにでもあった」と語る。
当時と現在を比較して、「赤沢亮正大臣は頑張ったと思うが、アメリカが日本の交渉団を見る目は、おそらく1980年代とは違う。悔しかった。もう1回、テクノロジーの大国を作って、経済を活性化させたい。経済と技術があれば、国を守る力も高まる。防衛力と経済力が高まると、裏付けとして外交力も高まる。外交力が高まれば、他国が作ったルールを単に守るだけでなく、日本の国益にかなう形でルールを作れて、経済力はさらに高まる。テクノロジー大国にもう1回生まれ変わらせることで、経済・防衛・外交の循環を回すことで、少し時間がかかったとしても、日本を世界の中心に持っていく。そういう事を仲間とともに、自民党として一緒にやっていきたい」と語った。
(『ABEMA的ニュースショー』より)
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