■子どもが両親を介護するのは自己満足?
鈴木さんの両親の状態を見れば、施設を利用という選択肢は入ってくる。常に介護のプロが近くにいる方が安心もできるだろう。都心ではなく、地方であれば利用料も安く抑えられるところはある。ただし利用に踏み切れない理由もまた、いくつもある。「施設の中で(夫婦)2人で入れる枠はすごく少ない。やはり独居の方が利用される率が高い。また田舎に行けば安くなるけれど、交通機関がなくて自分がそこに行くまで不便になる。また、父親の耳が遠く大声で話すため、施設に入って集団生活に投げ込まれた時、周りに迷惑をかけるし、本人も嫌だろう」と、なかなか踏み出せない実情がある。
また、家族として両親を施設に入れていいのかという葛藤は、自身の介護負担を軽減するという合理性とは矛盾したところで、やはり存在する。「施設入りを検討はしなくてはいけないが、正直なところ自己満足の面は否定できない。『親の面倒を見ている子ども』というところに、満足している」。また周囲から、親の面倒を見ずに薄情だと思われるような強迫観念に似たものも感じる。さらに環境を変えたことで、両親の症状が悪化する不安も拭えない。「環境が変わった時に、親が予想できない健康の害し方をしたら、親を不幸にしてしまったように感じるのではないかという恐れがある」。
鈴木さんの両親は、50年以上も自宅に住み続けている。隣近所の人々との付き合いも深く、長い。その環境を変えてしまうことのデメリットと、充実した施設でケアしてもらうメリットの間で、鈴木さん自身も揺れているところだ。
高齢者の施設利用について、岩月氏は「自宅で暮らさなくなったことで認知症が進んだり、歩くことが難しくなったと聞かれることは多いが、一概に言えるものでもなく、施設でも元気な人もいる。ケースバイケースだ。ただし自分が住み慣れたところで暮らし、住み慣れた景色を見て、空気を吸ってきた人が、施設で全然知らない人々と暮らし、認知症で『ここはどこだ』という不安を感じることが病状を進行させることもある」と見解を示した。
また近畿大学情報学研究所所長・夏野剛氏は「これだけ核家族化が進んでいると、家族が面倒を見るという前提の政策は、もう無理だと思う。やはり公共サービスの充実を一緒に考えないといけない。そうしない限り、幸せが来ない」と述べていた。
(『ABEMA Prime』より)

