高校卒業後、母親の望み通り土木業の事務職に就いた優希さんをさらなる悲劇が襲う。最愛の母が46歳の若さで大腸がんステージ3を宣告されたのだ。余命半年という宣告を受け、彼女は仕事を辞め、看病にすべてを捧げたが、わずか4ヶ月で母は帰らぬ人となった。
優希さんは「もっと、なんか、一緒にお菓子作りたかった…」という、あまりにもささやかで切ない願いをポツリ。涙を拭いながら「ははは、やば」と笑い飛ばそうとするその姿に、甘えたかった少女時代の面影が重なる。
母のそばにいたくて仮病を使った幼少期の自分を忘れていないからこそ、優希さんは自分の子供たちには「絶対に同じ思いをさせたくない」と誓っている。現場で1トンを超える資材を操り、ボロボロの地下足袋で駆け回る過酷な仕事の原動力は、すべて娘たちへの愛にある。番組の終盤、文字を練習中の次女から「いつもおいしいごはんをつくってくれてありがとう。だいすきだよ」と記された手紙を贈られると、優希さんは顔を覆って号泣。娘を抱きしめながら「嬉しい、ニコニコだよ」と泣き笑う姿は、かつて自分が欲しくてたまらなかった愛情を、今まさに全身全霊で我が子に注いでいる証だった。
可愛すぎる鳶職人ママ(31歳)の壮絶な半生の記事一覧(3)

