■「個人の責任」か「家族の連帯責任」か
議論において、出演者の価値観が真っ向からぶつかったのは、加害者の家族がどこまで責任を追うべきかという点だ。
コラムニスト・小原ブラス氏は、加害者家族が責任を負うことについて否定する立場をとった。「子どもを違う育て方をしたら事件を起こさなかったと言い切れない人に対して、罰を与えるべきではない。親には一切の責任がないと線引きをしないと、変な憎悪の連鎖につながる。一個人の罪を他のところに求める発想自体が違う」と指摘した。
さらに、被害者感情の観点からも「容易く謝罪されても『だからなんだ』という恨みたい気持ちもある。謝罪されると恨みきれない。謝罪が必ずしも被害者の気持ちを慰めるとも思わない方がいい」と、形式的な謝罪の危うさを説いた。
対照的に、グローバルパートナーズ代表・山本康二氏は、日本独自の「家族の繋がり」が持つ効能に注目した。「(加害者家族のスタンスにおいて)欧米のモデルが全て正しいとも思えない。日本は『親の顔を潰さない』とか『ご先祖様が見ている』といった見えない力によって、道徳心が保たれている良い面もある」と述べた。
また「自分が個人的に何かいいこと・悪いことを選ぶ時に、『山本家というブランドを落としてはいけない』と思う。家族に迷惑をかけたくないという気持ちが抑止力になっている」と語り、道端に落とした財布が戻ってくるような日本の治安の良さは、こうした連帯責任的な感覚に支えられているのではないかという持論を展開した。
これに対し小原氏は「その価値観を持ち込んで罰を与えるべきだと言われても意味がわからないし、反省する気持ちにもならない」と反論し、価値観の相違が浮き彫りとなった。
番組の終盤、議論は「著名人の謝罪」というケースにも及んだ。EXITのりんたろー。は「芸能界は世間の皆様に応援されて成り立っている仕事。世間に対する謝罪は自分のための謝罪でもあり、1回そこでしておかないと仕事が続かない」と、一般人とは異なるビジネス上の判断が必要であることを指摘した。兼近も「いろいろな人にお仕事をもらっているので、迷惑をかけてしまったことへの謝罪になる」と補足した。
議論を総括し、兼近は「社会はいろいろな思想を持っている人たちで成り立っている。一方的に『俺の意見が正しい』と思うのではなく、『私はこうだけど、そういうのもあるよね』と冷静に喋れる寛容な社会でないと、謝罪がいつまで経ってもなくならない」と語った。
(『ABEMA Prime』より)

