■若新雄純氏「一番恥ずかしかったのは法事」
活動自粛を余儀なくされた週刊誌報道を経験したことがあるプロデューサーの若新雄純氏は、失敗の本質には「恥が必要だ」と指摘する。
「失敗によって生まれる『恥の経験』が人を強くしている。どれだけ失敗の中で恥をかいたかが大事。恥というのは、社会における関係性の話だ。他人の目や評価、集団の中で自分の立ち位置が気まずくなるような恥はつらい。だけど、どんなに恥ずかしくても見捨てない人がいてくれて、謝ることでもう一歩進めて回復できる。人間は恥をかいた分、人や自分を信頼できるようになる」。
当時については、「一番恥ずかしかったのは家の法事。僕は田舎育ちで、合同で法事をやるので、寺に全員が集まる。それまでは地元に戻る度に、チヤホヤしてもらったが、あの時はみんなザワザワして、話しかけてこなかった。でも、僕はそこに行って恥ずかしい経験をするから、明日があるとも思えた」と振り返った。
「表に出て頑張りたい、人と違うことしたいのなら、失敗もあるかもしれないが、その時の恥から逃げるな、と思う。世の中に『やりすぎて恥をかきました』ということを見てもらう。恥は社会で共有できる。『あいつ、恥かいたよね』というところから『もう一回、話を聞いてやろうかな?』と思うのも、極めて、人間の根本的な普遍の性質だと思う」。
(『ABEMA Prime』より)

