事件現場となった酒店を案内してくれた弘次さんは「この部分が店舗です。棚があるところの前に、はつさん(被害者)が座って金の出し入れをしていた。取られた金庫はあの奥の8畳間かな。押入れの中に隠すように置いてあった。どこか出かける時には、必ず近所の親戚にその金庫を預ける」と説明して「父ははめられて、有罪判決を受けた」と主張した。
1984年12月29日、日野町で酒店店主の女性が行方不明になり、その二十日後、およそ6キロ離れた草むらで遺体が発見された。首には手で絞められたような跡があった。そのおよそ3カ月後、手提げ金庫が日野町の山林で発見。およそ3年後に逮捕されたのは店の常連客だった弘さんで、当時53歳だった。
警察は当初、店内から検出された指紋が一致したことなどから、常連客だった弘さんに任意同行を求めた。しかし弘さんは事件前日の晩、知人宅での酒宴に参加して泊まってきたというアリバイを妻が説明したことで帰宅。それからおよそ3年後、警察は弘さんを再度呼び出し、強圧的な取り調べを続けて自白させ、逮捕。警察はアリバイを嘘と判断した。
無実を訴え続けたが2000年の最高裁で無期懲役が確定
