中垣内祐一氏、バレーコート2200面を耕す「米農家ライフ」に密着 なぜ、バレー五輪ベスト8の名将は「米」を選択したのか?

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「昔の成功も失敗もどうでもいい」

選手時代の中垣内氏
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 1967年、福井で鉄工所を営む家に生まれた中垣内氏。バルセロナ・オリンピックをはじめ、数々の国際大会でエーススパイカーとして活躍。194cmの高身長と甘いマスクで女性から絶大な人気を誇っていた。  

中垣内氏「それなりに騒がれたとは思う。でも、一歩引いている自分がいつも心の中にありましたよ。バレーボールがちょっとできたからといって、あるいはアタックが1本決まったからといって、人間としての評価が決して高いわけではない。キャーキャー言われるような人気はメディアがそういうふうにしただけ。自分は騒がれる前と何も変わらないと思っていたので。ずっと引いていた。大したことないと思って」  

 2021年、監督を退任。父が世話していた田んぼを引き継ぎ、米農家に転身した。そのワケは…  

中垣内氏「50過ぎて会社にいれるのって、長くても15年。『会社を辞めたら何が残るんやろう』『肩書きがなくなったら何ができるんだろう?』って考えた時に、手に職をつけるというか地道に仕事をしていく。できるだけ早く飛び込めば、それなりのこともできるだろうし。元々僕は別に肩書で仕事してきたつもりはないし。バレーボールの恩恵は受けてきたと思うけども、それを前面に出して仕事はしてきてなくて。みんな田んぼをすることに対してドラマがありそうだと思っているかもしれないけど。何もドラマはなかったよ。ただここで生まれてここで育ったっていうことだけだ。みんな仕事したら早く1人前になりたいと思うでしょ? 早くプロになりたいと思うでしょ?玄人になりたいと思う。みんな向上心を持って仕事を取り組んでいると思うよ。ただそれだけ」  

━━収入的には?  

中垣内氏「大いに下がりましたけど、別にそれが目的ではなかったし。そんなことは最初からわかっていたし。嫌なら、ただやらなければいいだけの話で。別になんとも思いません。昔話はどうでもいいし。昔の成功も失敗もどうでもいいし。大事なのは足元と先ですよ」

 過去の栄光にすがることなく、今日も変わらず自然体で米作りに励む中垣内氏。これからは…  

中垣内氏「きっと終わりはないと思うよ。まだ経験してない仕事もあるし。そういったものを全部できるようになりたいし、おいしい米作りをしたいと思うけど。それで評価されるようになったら、また違うことを目指すと思うし。いろんな仕事をしてくれる人がいて、世の中回ってんだよ。米作る人がいるから、みんな『ライスおかわり』って言えるんだよ。まあその一つを担っているってことですよ。いつでもあったかい米が食べられる状態にしてくんだよ。私たちが頑張って…っていう思いはあんまないな笑」

(『ABEMA NEWS』より)

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