
「ところで、ひとつ頼みを聞いてもらえる?」
ドイツで暮らす親友のM(女性)が、SNSでのやりとりで、突然こう切り出した。
「私の家族に誕生日プレゼントとして日本のウイスキーを贈りたくて、でもセラー(売り手)は日本円で払ってくれと言っている。助けてもらえない?」
Mが買いたいというのはサントリーのウイスキー、「山崎ミズナラ2012」。金額は21万6000円。
東京に住むAさんがまず日本円でセラーに支払ってくれれば、Mが後からその分のお金をAさんにユーロで送るという。
高額ではあったが、「あなたに迷惑はかけない」という親友の言葉を信じ、教えられた口座に金を振り込んだAさん。
だが…
SNSでやりとりしていた相手はMではなかった。彼女のアカウントは乗っ取られていて、Aさんは見知らぬ誰かと延々やりとりをしていたのだった。
テレビ朝日の取材では去年の12月以降、同様の手口で金をだまし取られる被害が他にも3件起きていて、中には約150万円払ってしまった人もいる。
「高級ウイスキー」「日本円での立て替え」「SNSの乗っ取り」が共通するキーワードだ。
なぜだまされるのか。
MとAさんのトーク履歴をもとに、その巧妙な手口に迫る。
【画像】「日本円で『山崎』買って」 海外の親友のため立て替えたら…SNSを乗っ取った詐欺だった 同じ手口で150万円被害も
ほしいのは「MIZUNARA」 21万6000円
都内の大学に通うAさん(21歳)は2025年秋から26年春にかけて、ドイツの大学に短期留学した。そこで出会ったのがアルゼンチン人のM(31歳)だった。
年齢は離れているが、日本が大好きだというMとAさんは意気投合、二人は大の親友になった。
帰国したあとも、ドイツにいるMと無料のメッセージアプリ「WhatsApp(ワッツアップ)」で連絡を取り合っていた。(やりとりは英語で行われていた)
このワッツアップ、アメリカのメタ社(旧Facebook)が運営するアプリで、ヨーロッパや南米を中心に数十億人が利用しているとされる。
見た目や使用感は、日本で最も使われているメッセージアプリのLINEとそれほど違わない。
Aさんのワッツアップのトーク履歴にはMとのやりとりがすべて残されている。
それによると、Mが「家族の誕生日プレゼントを買いたい」と伝えてきたのは5月2日。
「私の友達が日本のセラーを薦めてくれたので、そこから買いたいのだけど、日本円しか使えないから、まずあなたのほうで立て替えてもらえないだろうか。そのあと海外送金であなたに返すから」
後から振り返ってみれば、怪しいところもあった。しかし当時は、まさか別人とやりとりしているとは夢にも思わなかった。
「言葉の使い方とか不自然な感じはしませんでした。途中で別人ではないかと疑ったことは全くありません」(Aさん)
ただ購入しようとしている品物の金額には驚いた。
Aさん「21万6000円は高額だよ。あなたは何を買いたいの?」
M「MIZUNARAだよ」。
親友の気持ちを応援してあげようと…
シングルモルトウイスキー「山崎」の「ミズナラ2012」はサントリーが2012年9月に数量限定で発売した。
当時の資料では、「日本ならではのミズナラ樽で育んだ希少なモルト原酒だけを厳選したもの」と説明されている。
価格は2万5000円だった。
サントリーによれば「『ミズナラ2012』は数量限定商品のため、既に当社からの出荷は終了しております」とのこと。
詳しい説明を求めたAさんに対し、Mは楽天市場の画像を送ってきた。
そこでは約28万円という額で「ミズナラ2012」が売られている。当初の発売価格の10倍以上の値段だ。
Mによると、友人が紹介してくれたセラーなら、このミズナラ2012を21万6000円で売ってくれるのだという。
不安になったAさんは家族にも相談。ウイスキーに詳しい知人に「ミズナラ2012」について聞いてもらったところ、数量限定品だけに、もし残っているならそのくらいの額で出回っていてもおかしくないとのことだった。
では、そんなレアな品物を売ってくれるという、その「セラー」は信用できるのか。
Aさんの問いかけにMはこう答えた。
「私の友だちは『信頼できる業者だ』と言っていた。私は自分の友だちを信じる。あなたを信じるのと同じように」
結局、AさんはMの意思を尊重することにした。(やりとり相手が本当にMだと信じ切っていたのだ)
母親とも相談し、親友が家族にサプライズ・プレゼントをしたいという気持ちを応援しようということになった。
21万6000円は高額ではあるが、最終的にはMが払ってくれるという信頼感もあった。
Mから送られてきた振込先の口座情報。
銀行は「AUじぶん銀行」で口座名義は「チャウゴックカン」と書かれていた。
日本に住んでいる香港人だという。
5月5日午後9時29分。
Aさんはバイトで稼いだお金をためていた自身の口座から、「チャウゴックカン」宛てに21万6000円を振り込んだ。
「あと2本買いたい」「これは詐欺だよ!」
「すぐにMから連絡が来て、とても喜んでいたので私もうれしかったです。ただ、まだ業者のことは信じられていなくて、ちゃんとMの元に送ってくれるかは心配していました」(Aさん)
異変が起きたのは4日後だった。
MからAさん宛てに金を振り込んだという連絡があり、振込証明書の画像が送られてきた。
なぜかその金額は4000ユーロ=約74万円(6月5日時点の為替レート)。
Aさんが立て替えた額の3倍以上だった。
続けて送られてきたメッセージにAさんはびっくりする。
何とMは、さらにウイスキーを買うというのだ。
「セラーがさらに好条件を出してくれたから、あと2本買おうと思う。あなたに4000ユーロ振り込んだので、それを使ってセラーに43万2000円を払ってもらえない?」
これは本当にヤバい。
Aさんはもう立て替えはできないと宣言し、こう伝えた。
「これは詐欺だと思うよ」
このあたりからAさんは、やりとり相手の「M」自体に不審を覚え始める。
Mが送金したという4000ユーロも振り込まれる気配がない。
念のため、これまで使ってきたアプリ「ワッツアップ」ではなくインスタグラムのダイレクトメッセージでMに連絡すると…
「それは私じゃない」
Mは一連のやりとりに全く心当たりがないという。
ここに至って、Mのワッツアップアカウントが乗っ取られていたことが判明した。
Aさんは約10日間にわたり、Mに成り済ました何者かとやりとりを続けていたのだ。
だとすると… 詐欺の被害者はAさん。
存在しないウイスキーのセラーに21万6000円を振り込んでしまったことになる。
「何も考えられない、誰も信じられない気持ちでした。SNSを使うのも怖くなって… むっちゃ怒りがあります。Mを助けたいという気持ちだったのに、何か裏切られたというか… Mが悪いわけじゃないのに、彼女のこと自体が信じられなくなってしまいそう」
5月12日。Aさんは警視庁田園調布署に被害届を提出した。
乗っ取りの手口「ゴースト・ペアリング」とは
Aさんからの被害届を受け取った「知能犯罪」担当の警察官によれば、21万6000円を振り込んだ「チャウゴックカン」名義の口座は速やかに凍結されたが、既に全額が引き出された後だったという。
ワッツアップの乗っ取りについては捜査できないのか、Aさんが尋ねると、「運営するメタ社は日本の企業ではないので、乗っ取りについて調査を依頼しても、どれだけかかるか、そもそも返事が来るかわからない」という答えが返ってきた。
「何にもできないのかとがっかりしました。最初からあきらめているみたいで…」(Aさん)
ITジャーナリストの三上洋さんによれば、最近、ワッツアップの乗っ取りとして「ゴースト・ペアリング」という手口が注目されているという。
「この『ゴースト・ペアリング』では乗っ取られた側のワッツアップアカウントが生きたままで犯人がそのアカウントにアクセスできます。つまり乗っ取られた側が乗っ取られたことに気付かないで使い続けてしまう可能性があります」
ワッツアップには、スマホやパソコンなどのデバイスを4台まで連携できる機能がある。今回、Mのワッツアップアカウントに犯人が秘かにデバイスを連携させていた可能性があるのだ。
このデバイス連携で悪用されるのが「認証コード」機能だ。
認証コードは本来、パスワードなどに加えてさらに安全性を高める目的で使われる。ログインの際、SMS(ショートメッセージ)などで端末に送られてきた「認証コード」を入力することで、その端末が自分のものであることを証明する仕組みだ。
三上さんによれば、偽のFacebookページなどを使い、乗っ取ろうとする相手にログイン情報と「認証コード」を入力させ、新たなデバイスを連携させるのが手口だという。
「今回の件と『ゴースト・ペアリング』が結び付くかどうかはわかりません。ただ乗っ取りで一番あり得るのはこのSMSの認証コードを使った手口です。LINEでもこの手の乗っ取りはかなり前から起きています」
「ゴースト・ペアリング」であれば、乗っ取った側は過去の履歴も見ることができる。AさんとMの過去のやり取りを見たうえで、二人の関係性を把握し、言葉遣いなどが不自然にならないよう調整した可能性もある。
先に三上さんも指摘したように、こうした乗っ取りはLINEでも起こり得る。
実際、LINE公式ホームページのヘルプセンターでも5月20日付で、「投票を装ったLINEアカウント乗っ取りやPayPayへの送金詐欺被害について」というタイトルの注意喚起が掲載されている。
「LINEの登録情報(電話番号など)と組み合わせて認証番号を聞き出すような行為は全て詐欺です」「突然送金を求められた場合は、テキストメッセージ以外の手段で必ず本人に確認して」といった内容からは、今回の事件と似たような事案が発生していることがうかがえる。
知恵袋に相談 「ホストファミリーから頼まれ…」
「詐欺について詳しい方緊急で助けてください」
ネット上でユーザー同士が質問と回答を投稿し、知識や悩みを共有するサイト、「Yahoo!知恵袋」に1月20日、こんな相談が投稿された。
相談したのは高校生で、その週の土曜日からオーストラリアに1年間留学に行くことになっていた。その滞在先となるホストファミリーの人から突然、助けてほしいことがあると言われたという。
「『友人の誕生日に山崎ウイスキーを送りたくて、代行業者と話しているが代行業者は日本円でしかやり取りをうけつけていないので貴方に日本円で支払うのを手伝ってもらえないか』とのことでした」
ホストファミリーが買いたいのは「山崎」の18年。金額は21万8000円だという。
この高校生は親とも相談したうえで、これから世話になるホストファミリーのために立て替えることを決め、指定された金額を支払った。
すると相手は、さらに2本購入したい、78万5000円払ってくれないか…と頼んできたのだという。
質問者がその後、追加購入分の金額を支払ったのか、先方から立て替えた分が払われたのかはわからない。やりとりした相手が本当にホストファミリーだったのか(乗っ取られていたのか)も不明だ。
千葉でも2件発生 被害額はともに150万円
実際に詐欺であることが判明し、被害届が出された類似の事案もある。
千葉県警千葉西署によると、今年に入って2件、高級ウイスキーをめぐる詐欺被害の訴えがあった。
いずれも外国籍の知人からSNSで連絡があり、「友人に高級ウイスキーをプレゼントしたいが、バイヤーが日本円でないと売ってくれない。指定の口座に日本円で送金してくれないか」と頼まれたというもの。
うち1件では、ウイスキーが「『山崎』の高級品」だったことがわかっている。
複数本を購入したため、2件ともに、支払った額は約150万円に上ったという。
後にその外国籍の知人から連絡があり、「SNSが乗っ取られていた」ことがわかった。
また静岡県長泉町でも去年12月、会社員の男性が、SNS上でオランダ人の上司を装った人物から「山崎ウイスキーを買って家族に送りたい」と言われ、約26万円を振り込む被害に遭っている。
静岡県警は「『私の代わりに商品を買ってほしい』は詐欺!」と呼びかけている。
相次ぐ「高級ウイスキー」を利用した詐欺事件。
複数の事案で「山崎」の名が使われていることについて、サントリーにどう受け止めるか尋ねたところ、「本件については直接存じ上げておらず、当社からコメントできることはありません」という回答だった。
金を振り込む前のどこかで気付くことはできなかったか、Aさんは今でも時々振り返ってしまう。
「詐欺だとしたら、偽物をつかまされるような詐欺だと思っていたけど、実は“なりすまし”だったとは全く思っていなかったです。二重に疑う必要があったんですよね。でも知識というか情報がないとなかなか見破れない。こういう高額な依頼の場合は、別の手段で相手に連絡を取るべきでした」
詐欺の手口を広く周知することで、二度と同じような被害が出ないことを願っている。
