
自民党のハト派を代表存在でもあった、河野洋平元衆議院議長が8日、東京都内の病院で亡くなりました。89歳でした。野党だった時の自民党総裁として、当時の細川総理大臣と共に平成の政治改革の仕上げにあたったほか、官房長官時代には、いわゆる従軍慰安婦問題をめぐる「河野談話」を出したことでも知られます。
“プリンス”から“ハト派の重鎮”に
昭和・平成と激動の永田町にいた政治家がまた1人。
河野洋平衆院議長(2003年当時)
「私は議会制民主主義の本旨にのっとり、議院の公正円満な運営に全力を傾け、諸君と共に本院が国民の期待と信頼に応えるべく最善の努力をいたします」

河野洋平元衆院議長。その在任期間は当時として歴代最長の2029日に及びました。
河野洋平衆院議長(2009年当時)
「いつまで経っても、国会が国民の負託に応える立派な国会であってほしいと思っておりますし、そうなるに違いないと確信をしております。本当に長い間お世話になりました。ありがとうございました」

石破茂前総理
「非常に懐の深い人だった。外交にしても政治改革にしても、批判を恐れることなく勇気をもって取り組んだ立派な方であったと思っております」
大島理森元衆院議長
「河野議長からは、信念を通すことが大事であり、公平公正な運営に努力することを教えられた。特に印象深いのは野党自民党の時のご努力です。一番苦しい時代を支えた」
1967年、父親の後を継ぐ形で、小田原などを地盤に初当選した河野洋平元衆院議長。自民党のプリンスと呼ばれました。ただ、10年も経たずにロッキード事件などの金権政治を批判し、自民党を離党。「保守政治の刷新」を掲げ、新党を結成しました。

新自由クラブ 河野洋平代表(1976年当時)
「今、荒野に飛び出した私たちの行動が、日本の政治を蘇生させる一粒の麦になるか、挫折の道をたどるかは私たちの研鑽、努力と国民の各層の方々のご支援のいかんにかかっています。日本の明日を信じ、あえて政治刷新の先駆たらんことをここに誓います」
従軍慰安婦問題で謝罪「河野談話」
その後、復党し、1992年に宮沢内閣で官房長官に就任しました。この時、談話として発表したのが。
河野洋平官房長官(1993年当時)
「慰安所は当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置・管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接に、これに関与した」

いわゆる従軍慰安婦について旧日本軍の関与を認め、お詫びと反省を表明した「河野談話」です。
河野洋平官房長官(1993年当時)
「本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。我々はこのような歴史の真実を回避することなく、むしろ歴史の教訓として直視していきたい」
時代はその後、政界再編へと突入します。ただ、自民党は衆院選で敗北し、下野することに。そんな混乱期に河野洋平氏は火中の栗を拾う事に。
自民党 河野洋平総裁(1993年当時)
(Q.座った感想は)
「こんな大きな椅子に座ったことがない。今度は朝から晩までここにいます。まず国会の場で戦うことが大事」
結党以来、初めて総理大臣経験のない自民党総裁となりましたが、村山内閣誕生に貢献するなど、多くの政治改革に関与していきました。
「アジア外交」中国と対話重ね

高市早苗総理大臣
「自民党総裁として政界再編期の困難な時代に党を率い、政治改革への道筋を模索されたほか、外交分野においても近隣諸国との信頼関係の構築に努められました。とりわけ歴史問題に真摯に向き合い、対話と理解を重んじる姿勢は、我が国の平和外交の礎の一つとして記憶されるべきものです」

2002年、肝硬変に。長男の河野太郎衆院議員がドナーとなり、生体肝移植の手術を受け、その翌年からは衆院議長に就任しました。
河野洋平衆院議長(2003年当時)
「私たちは国民の信託にこたえ、先輩世代の築き上げた業績の上に立ち、世界の平和と国民の福祉の向上に、その職責を果たしていかねばなりません」
落選なしの連続14回当選。引退会見で強調したのも「アジア外交」についてです。
自民党 河野洋平元衆院議員(2008年当時)
「広島は被爆の被害者だが、日本は一方的な被害者ではありません。日本は加害者の立場でもあったんですと、広島でも申しました。特に韓国や中国に対する外交姿勢は真剣に考えて、正しい姿勢で臨む必要があると、若い人たちには申し上げたい」

引退後も中国を訪問するなどし、友好活動に従事していました。
河野洋平元衆院議長(2022年当時)
「色んなこと言うやつがいるけれども、我々は日中両国の友好を促進し、日中ともども世界の平和のために頑張りたいと考えておりますことを、改めて誓いあいながら杯をあげましょう。皆さん乾杯」
“ハト派の重鎮”のメッセージ
今年4月、その姿は村山富市元総理大臣のお別れ会の場にありました。故人を悼むと同時に、今の政治状況にも言及しています。

河野洋平元衆院議長(今年4月)
「今、政治は再び激動期にあります。世界では大国が次々と戦争に手を染め、歯止めのない核軍拡が進み、時代は力による正義とかいう、いかがわしい言葉がまかり通る、帝国の世に逆戻りしたような感じです。国内にあっても、困窮する人々の生活が二の次となり、政治とカネの宿弊から逃れられない旧態依然とした政治が頭をもたげ続けています。このような時に力強く平和の尊さを説き続けてこられた、あなたの示唆に富むご見識を伺えないのは誠に残念でなりません」
河野洋平元衆院議長は8日、東京都内の病院で亡くなりました。死因はすい臓がん、89年の生涯でした。
