そこで黒柳が「サッカーどうなったんですか?」と尋ねると、柿澤は「サッカーは…僕の学校、高校が結構当時強い学校で、部員が200人ぐらいいたんですよ」と説明。「で、僕がスタートしたのが、A、B、C、DのD軍なんです。つまり4軍。4軍からスタートして、3年生の時にやっと試合にちょっと使ってもらえるような控えの選手で。当然そうだったらプロサッカー選手なんて無理なんですよ」と厳しい境遇だったことを打ち明けた。
「でも『あ、プロなんて無理だな』と思ってた矢先の、ライオンキングとの出会い、ミュージカルとの出会いだったんで。何でしょうね…青天の霹靂というか、人生が180度変わったというか」と吹っ切れたように話すと、黒柳も「ありますよね、そういうのって」と理解を示す。
そして「若い時って、15歳、16歳って、きっとものすごく多感だったし、なんか根拠のない自信というか『俺やれるんじゃないか?』っていうのがあって。だから、そこから一直線に舞台のことばっかり考えるようになりました」と話すと、黒柳も笑顔で頷いた。
(『徹子の部屋』より)

