こんなケースもあった。1970年代の連続企業爆破事件で指名手配された過激派のメンバー、桐島聡元容疑者だ。結末は自身の告白だった。末期がんの病床で医師に「最期は本名で迎えたい」と伝えた。その4日後に死亡した。逃走から49年、2024年1月のことだった。
2005年、東京・三鷹で居酒屋の副店長を殺害した重要指名手配の上地恵栄元容疑者は、事件の翌年には死亡していたとみられている。山中で見つかっていた遺体が鑑定技術の向上で18年後の2024年、本人と特定された。
女性を狙った暴行や強盗致傷などを繰り返し、勾留されていた大阪・富田林警察署から逃げた樋田淳也受刑者は、お遍路を装ったり、盗んだ自転車で「日本一周の旅」と称して逃げ、職務質問も切り抜けていた。最後は山口県内の道の駅で万引きした際、警備員に見つかり、本人と判明した。
犯罪心理学者が明かす「逃げ続ける者の胸の内」
