「10ページでダウン」高校国語で小説をほぼ必修化へ…AI時代に「他者理解」「表現力」をどう学ぶ?

ABEMA Prime
(4/4) 記事の先頭へ戻る

■「文脈の読めなさ」が格差を広げている

共通テストの配分
拡大する

 小説執筆の経験を持つ兼近は、現代の若年層が長文を読み込む力を失いつつある問題に着目する。「分かりやすいものしか理解できない時代になってきていて、切り取りの短い動画で一部だけを拾うことが流行っている。賢い人が何かを発信した時、文脈全体を理解できないから一部分だけを拾って『この言葉はダメだ』となる。全体で見れば問題ではないのに、文脈の読めなさが広がってどんどん差が広がっている」と語る。

 兼近自身は「文字を読み始めたのは20歳を超えてから。最初は全く理解ができなかったが、それでも読んでいくうちに少しずつ分かり、誰かの発言に対して自分の言葉で『でも自分はこう思う』と言えるようになった。今それができない人が結構いるのではないか」と自身の経験を交えて述べる。そのうえで、「“知識格差問題”は絶対に広がっている。格差の下の層では、ここでの議論自体が意味がわからないし、どうでもいいと思っている人もいる」と指摘。「知識がない子たちが、ある程度、人の言っていることを理解できるようになれば、伝えやすくなる」と小説を読む意義について話した。

 山田氏は言語表現の観点からも小説の優位性を認め、「小説や文学に触れていない人は『雨がヤバかった』という伝え方しかできないが、小説を読んでいる人は輪郭をなぞるように事象や感情を相手に伝えられ、相手も追体験できる。その言語化力は、小説や文学を読んでいないと獲得しにくい」と述べた。

 伊藤氏は、こうした議論を踏まえたうえで、「できない人がいっぱいいるという事実を見た時に、ここを読んでなぜこの人はこういう考えをするのかを、きちんと結びつけてあげながら読んでいくことも必要だ。映画を使う手もあるかもしれないが、小説はページを止めてみんなで同じ箇所を読み、その文言と気持ちを一緒に確認しやすいという便利さがある」と、教育ツールとして小説が持つ利点を改めて示した。

 兼近はさらに踏み込み、「仕組みを作っている人たちや、何かを教える人たちが、小説を好きすぎるのではないか」と指摘。「子どもたちがどうしたいか」という“他者理解”が足りていないとした上で、「ショート動画で子どもたちに『これはどういうことでやったのか』『この前と後の物語を考えてみませんか』など、みんなが興味のある分野で作っていけば学べると思う」と提案した。さらに、「上の世代が下の世代の他者理解をできていない。ここも問題だ」と語った。 
(『ABEMA Prime』より)
 

この記事の画像一覧
こんな記事も読まれています
この記事の写真をみる(5枚)
このまま画像を見る
続きは広告を見た後にご覧いただけます
クリックして広告を見る