■「(左+右)÷2=中道」では続かない
この7カ月間、中道の動きを追ってきた大阪経済大准教授の秦正樹氏は、合流できなかった最大の壁について「一番は選挙であれだけ大敗したことだ。大敗した政党にわざわざ合流する政党はいない。前回の衆院選前、立憲が148議席、公明が24議席であったため、どれだけ負けても中道で百数十議席ほど確保できていれば合流の話が見えていただろう」と分析する。
その上で、秦氏は議員たちの政策態度をデータ分析した結果として、「旧立憲系の人と旧公明系の人の考え方は全く違っている。どちらかというと、『みんなが集まって中道』ではなく『(左+右)÷2=真ん中』という状態になっており、継続はほとんど不可能で分裂は予想通りだった」と指摘した。
これに対し、青柳氏は「立憲も公明も内政はリベラルな政策が多く、再分配や生活者・労働者を重視する点で広い意味では一致している。外交安全保障やエネルギー政策では違いがあるが、政権を目指す全国規模の政党として“幅”があってしかるべきだ。政策的な立ち位置に違和感はそこまでなかった」と反論。しかし、「選挙で支持を得られなかったために、その後がついてこなかったのは事実だ」と認めた。
また、合流断念の大きな要因となった地方組織の反発について、青柳氏は「来年4月の統一地方選挙では、立憲と公明がそれぞれの政党で戦うことが合流協議の前にあらかじめ決まっていた。それなのになぜ8月末を期限に合流を急いだのか疑問だ。国会対応の都合で、法案の賛否による違いを防ぎ、同じ採決態度にするために同じ党にしようと決めたのではないか」と、合流プロセスの不自然さを指摘した。
吉田氏も、有権者から「この先どうなるか分からない党」という声が多く寄せられたことを振り返り、「公明と立憲が一緒になって、『どうしてもこれをやりたい』と明確なメッセージが伝わっていなかった。福祉や教育の分野では同じ党かと思うくらい政策が重なっているものがあり、教育の分野を一緒に進めたい思いはあったが、短期間でそれを伝えきれず、『選挙のため』と思われても仕方のない状況だった」と語った。
■空中分解した中道、3党と議員たちの今後の行方
