将棋界の大ピンチを救ったのは、中学生の天才棋士の大活躍と、一時は地獄を見たトップ棋士の将棋愛だった。今や新聞各紙、テレビ各局で将棋を扱わない日がないくらい注目を浴びている将棋界だが、昨年の秋ごろは天国と地獄を行ったり来たりしていた。今年の5月29日、新たに理事に就任した鈴木大介九段(42)は当時を「難しい時期だった」と振り返った。最悪のムードから一転、大ブームへ。命運を握っていた2人と、業界内について聞いた。
史上最多の29連勝を達成した最年少棋士・藤井聡太四段(14)が四段になり、プロ入りしたのは昨年10月1日。新星誕生に沸いていたその裏で、将棋ソフトの不正使用疑惑により三浦弘行九段(43)は竜王挑戦を目前にしながら、出場停止処分を受けるという大騒動が巻き起こっていた。
藤井四段のデビュー戦は12月24日。多くの報道陣が詰め掛ける中、加藤一二三九段に勝利し、史上最年少勝利を挙げた。その2日後、「不正」のレッテルを貼られ、各所から心ない言葉が浴びせられていた三浦九段だが、第三者調査委員会の報告により、不正がなかったことが証明された。27日に三浦九段が行った会見には、藤井四段のデビュー戦と同じくらいの数の報道陣が集まった。
明けて2017年。日本将棋連盟は、谷川浩司会長ら理事が辞任。後にその他の理事も、ソフト不正使用の騒動がもとで、解任される事態にまで発展した。新たに佐藤康光九段が会長に就任すると、三浦九段も2月に対局に復帰した。それでも、疑惑をかけられたことによる本人、家族などへの負担、対局機会を奪われたことへの補償など、落ち着きを取り戻すまでには相当の時間がかかると見られていた。ところが藤井四段の大活躍で、状況が一変した。鈴木九段は「こういう物事は生きているんですね」と、しみじみと語った。泥沼化が必至だったものが、一気に好転したからだ。
鈴木九段が理事に立候補したのは、三浦九段に関する問題を解決するためだった。「自分が(理事の)中に入って、問題を解決するんだと思っていました。ただ、入った時には、もう藤井フィーバーがすぐそばまで来ていました。三浦さんの考え方もずいぶん変わった。『こういう時なので(自分のことで)水を差すのも(よくない)。自分の職務に専念したい』と。若干、狐につままれた感じだった」という。騒動の解決に時間がかかり、誰かを罰するようなことに注目が集まることが、三浦九段本人の意に沿わなくなった。
三浦九段から出てくるだろう将棋連盟、運営への不満を受け止め、その橋渡し役を務めるつもりだった鈴木九段からすれば、拍子抜けするほどだった。濡れ衣を着せられた本人からすれば、いくら怒っても足りないほどのこと。それでも中学生棋士が生み出した将棋界への強烈な追い風を妨げることを避け、自らの拳をおさめることで、大好きな将棋を守ることを選択した。5月24日、三浦九段と将棋連盟の和解が発表され、会見後には佐藤会長と笑顔で握手した。周囲が想像していた以上に早かった和解劇に、騒動についての報道はその後ほとんど出なくなった。
デビュー以来、快進撃を続ける藤井四段の裏で、三浦九段はまだ調子を取り戻していない。鈴木九段から見ても「まだ彼っぽい将棋ではないです。1年、2年と長い目で見て復調してもられれば」と、フォローは続けていく。「潔白は完全に出たので、今後もそのことは出していきます。一度出たものに『待った』はできないですし、まだ多くの人が勘違いをしていることもあるので、なんらかで解消していきたい」という。
将棋連盟での和解会見で、三浦九段は対戦したい棋士を聞かれると、藤井四段の名前を口にした。激動の半年間、両極端の場所にいた2人が盤上で熱い戦いを繰り広げられるようになった時、将棋界はまた新たな一歩を前に踏み出す。
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