人口知能(AI)を利用した将棋ソフトによる研究が進む中、開拓が進まない領域で日々、探求を進める棋士がいる。藤井猛九段(47)だ。ビッグタイトル竜王3期の実績はもちろんながら、ユーモラスな発言や行動で、将棋ファンには「てんてー」の愛称で親しまれている。そんな藤井九段の代名詞が、振り飛車のオリジナル戦型「藤井システム」だが、自ら編み出した戦型にも「まだいろんな手が埋まっていると思う」という。

 将棋の世界は、医学や科学の研究に似ている部分がある。将棋で初手に選べる候補は30通り。ここから無数の分岐を繰り返し、相手玉を詰めるところまで、まさに無限のパターンが存在する。あの手を試し、この手を試し、相手の出方によってまた考える。病気に対する新薬の実験、開発、化学物質の合成もこんな感じなのかもしれない。人間対将棋ソフトという対決は、佐藤天彦名人が敗れたことである程度の“決着”を見たが、将棋ソフトとはいえ万能ではなく、未開拓の領域があるのは間違いないところだ。

 そんな将棋ソフト、さらにはそれをベースにした棋士の研究が進んでいるのが居飛車、遅れているのが振り飛車だ。飛車を初期に配置されたマスから動かさないまま進める居飛車は、若い棋士の中でも積極的に研究が進み、将棋界全体でも戦型選択の大勢を占めている。一方、飛車を角側に移動させて戦う振り飛車は、将棋ソフトによる評価が高くないためか、実戦で採用される割合は少ない。

 ただ、この低評価なのも悪い手というわけではなく、「研究が進んでいないので正確な評価が下せない」というのが、棋士たちの見解だ。ソフトによる研究に積極的な若手の実力者、増田康宏四段(19)も「振り飛車が強くなっても何の不思議もありません」と語った。一時は「古い戦法」という認識をされていた雁木(がんぎ)がソフトで再評価された際、率先して取り入れた増田四段の見解だけに、むしろ新しい感覚で振り飛車を捉えている。

 現在、振り飛車は選択、研究する棋士が少ないため、対局で用いるとむしろ好結果を生むこともある。羽生善治二冠から王位のタイトルを奪取した菅井竜也王位(25)も、振り飛車を多用した。もちろん振り飛車で勝つ棋士が増えれば、振り飛車のアレンジも増え、さらにそれを受ける対応策も増える。こうして無限の可能性を秘める将棋において、棋士たちが少しでも正解に近づくべく、一歩ずつ進むのだ。藤井九段は「(藤井システムは)なんといっても、指す人がほとんどいない。相当の数の棋士が研究していても難しい。だから、まだいろんな手が埋まっているんじゃないかと思う」と、自分のオリジナル戦型をあくまで可能性の1つとして、そこに新たな発見がひそんでいると期待している。

 将棋ソフトの誕生は、これまでの棋士たちの既成概念を破壊した。手本にしていたものが否定され、否定したものが手本にもなった。そう考えれば、現在の居飛車と振り飛車の選択率が、ほんの数年で逆転する可能性も十分にある。「一時期、他の振り飛車や(居飛車の)矢倉をやってみて、将棋の幅が出た」と語る藤井九段が、「新・藤井システム」を考案することも、決して夢物語ではない。

 ◆藤井猛(ふじい・たけし)九段 1970年9月29日、群馬県沼田市出身。西村一義九段門下。棋士番号は198。1986年4月に四段昇格を果たしプロ入り。タイトル獲得歴は通算3期。一般棋戦優勝は8回。将棋大賞は1996年度、20102年度の升田幸三賞をするなど多数受賞。1998年度には最多対局賞、最多勝利賞、技能賞と3部門に輝いた。AbemaTV「若手VSトップ棋士 魂の七番勝負」では、第2局(10月7日放送)で佐々木勇気六段と対戦する。

(C)AbemaTV

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魂の七番勝負~若手VSトップ棋士~ 第二局 | AbemaTV(アベマTV)
魂の七番勝負~若手VSトップ棋士~ 第二局 | AbemaTV(アベマTV)
若手棋士7人がトップ棋士7人に挑む魂の七番勝負第二局。藤井聡太の連勝を止め話題になった佐々木勇気六段が竜王3期の実績を持つ藤井猛九段に挑む。持ち時間一人2時間。
第48期 新人王戦 決勝三番勝負 第一局 佐々木大地四段 対 増田康宏四段 戦 | AbemaTV(アベマTV)
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