豪華絢爛にして百花繚乱の2017年度の将棋界だったが、振り返るにはまだ早過ぎる。オールスターゲーム兼クライマックスシリーズとでも言いたくなる最後の一大行事が残っている。3月2日、静岡市の旅館「浮月楼」で行われるA級順位戦最終一斉対局、通称「将棋界の一番長い日」である。約160人いる現役棋士の頂点に君臨する10人(今期は11人)の棋士が名人挑戦権を、そして残留を目指して朝から深夜まで戦う一日は、いつからかそんなふうに呼ばれるようになった。
順位戦の持ち時間は全棋戦最長の各6時間。午前9時に始まり、昼食・夕食休憩を挟んで計12時間に及ぶ戦いになる。しかも、A級とB級1組は1分未満の考慮時間を切り捨てるストップウォッチ形式を採用しているため、とりわけ終局が遅くなる。日付をまたいだ未明の夜戦の果てにこそ、ドラマはある。ファンにとっては、見逃すと年度を締めくくれない祭典だが、今年はさらに例年より熱い視線を集めている。理由は、順位表を見れば一目瞭然だ。
久保利明王将(順位9位・以下同)6勝3敗 (最終局・以下同)深浦康市九段戦
羽生善治竜王(2) 6勝4敗 ―
稲葉陽八段(1) 5勝4敗 行方尚史八段戦
広瀬章人八段(4) 5勝4敗 豊島将之八段戦
佐藤康光九段(8) 5勝4敗 屋敷伸之九段戦
深浦康市九段(7) 4勝5敗 久保利明王将戦
三浦弘行九段(11)4勝5敗 渡辺明棋王戦
行方尚史八段(5) 3勝6敗 稲葉陽八段戦
屋敷伸之九段(6) 2勝7敗 佐藤康光九段戦
端的に分類すると、現時点で5勝以上を挙げている棋士には佐藤天彦名人への挑戦権を得る可能性があり、4勝以下には降級の可能性がある。2勝の屋敷九段は既に降級が決まっている。わずか1勝差で最終局の目標が天地に分かれることは極めて異例と言っていい。
第一に注目したいのは、久保王将、豊島八段の勝敗である。どちらかのみが勝って7勝目を挙げた場合、イコール名人挑戦者となる。両方ともに勝った場合は、2人によるプレーオフ(1局)が行われ、勝者が初めて名人戦の大舞台を踏むことになる。
恐るべき混沌が発生するのは両者がともに負けた場合だ。豊島八段に勝った広瀬章人八段は6勝で並び、さらに抜け番となっている(通常のA級順位戦は10人によって構成されるが、今年は例外で11人が在籍するため)羽生竜王による最低4者によるプレーオフの実施が確定する。
そして、稲葉八段、または佐藤九段、あるいは両者ともに勝った場合、事態はさらに混迷を極める。6勝者が最大6人も生まれ、全体の半数を超える人数でパラマス方式のプレーオフが行われることになる。「パラマス」の単語に馴染みがない方に説明すると、要するに「持ち順位の低い順から対戦する勝ち抜きトーナメント」形式である。
順位の低い順に、まず豊島八段と久保王将が対戦し、勝った方が佐藤九段と対戦し、さらに勝った方が広瀬八段と対戦し、さらにさらに勝った方が羽生竜王と対戦し、さらにさらにさらに勝った方が稲葉八段との挑戦者決定戦を戦う。
名人戦第1局は4月11日にホテル椿山荘東京で開幕することが決まっているため、最大5局を約1カ月の間に行わなくてはならない。過去に将棋界が出会ったことのないようなスペクタクルな展開になる。
一方で、挑戦権争いと同様に、時としてそれ以上に注目を集めるのが残留争いである。今期の降級枠は例年の2ではなく3に増えているため、さらに激化している。
現時点で屋敷九段の降級は決まっており、残る2枠を4勝の渡辺棋王(3位)、深浦九段(7位)、三浦九段(11位)、3勝の行方八段(5位)の4人で争うことになる。同星で並んだ場合は「残留決定プレーオフ」などはなく、持ち順位の高い順から残留が確定する。
4勝を挙げている渡辺棋王(三浦九段との直接対決になる)、深浦九段、三浦九段(渡辺棋王との直接対決になる)は勝てば残留が決まる。行方八段は自らが勝ち、深浦九段が敗れた場合に残留が決まる。三浦九段は敗れると降級が決まる。深浦九段は自らが敗れても、行方八段と三浦九段がともに敗れれば残留が決まる。渡辺棋王は自らが敗れても、深浦九段が敗れれば残留が決まる。
静岡市は名人制度の創設に深く関わった徳川家康が将軍職を秀忠に譲位した後に移り住み、将棋に心酔した土地だ。頂点に君臨する者たちは、発祥の地でどのような勝負を繰り広げるのか。対局のない羽生竜王も現地に赴く。
役者は揃い、舞台は整った。
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