ATP(男子プロテニス協会)が主催する国別対抗戦『ATPカップ』が開幕した。今大会で注目されているのは選手だけではない。各国のキャプテンとしてベンチに座るレジェンドたちだ。中でも熱い視線を浴びているのがロシアのキャプテン、マラト・サフィンである。
2つのグランドスラム・タイトルを持つ元王者。レジェンドたちが競う『ATPチャンピオンズツアー』などに出場するものの、特定の選手のコーチや、ロシア代表の監督やコーチを務めるなど指導者としての顔は見られなかった。ロシアのナンバーワン、ダニール・メドベージェフはそんなサフィンにキャプテンを依頼。「僕を選んでくれたことに感謝だね。こんな最高のイベントに関わるチャンスを逃す手はないよ」というサフィンは二つ返事で承諾したという。
ロシアの初戦の相手はイタリア。メドベージェフは世界ランク12位のファビオ・フォニーニに対して立ち上がりから連続5ゲームを奪われる大乱調だ。第5ゲームでは怒りにまかせてボールを観客席の上方に打ち込んで警告をとられたが、このときカメラに抜かれたサフィンがやさしく微笑んでいたのが印象的だった。現役時代のサフィンはロシアの癇癪玉と呼ばれたほどで、メドベージェフによると、彼の登場によってロシアのテニスキッズたちは試合中にラケットを投げ、悪態をつくようになったそうだ。
コートで感情的になっている選手の胸の内はよくわかるのか、ベンチに戻って来たメドベージェフには余計なアドバイスもスキンシップも試みなかったサフィン。世界5位にまで到達した選手の修正力の高さを信じていたともいえる。実際、第1セットを1-6であっさり落としたメドベージェフだが、そこから6-1 6-3で逆転勝ちをおさめた。
前の試合ではメドベージェフと同じ23歳のカレン・ハチャノフが先勝しており、これでロシアが2連勝。二人はダブルスも組んで3勝目を挙げた。
「ダニールとカレンががんばっているからロシアではテニスが人気だ。でもやっぱり一番人気はアイスホッケー。いつかテニスがそれに代わってロシアの誇りと言われたい」
サフィンの29歳での早い引退は随分惜しまれた。引退後はロシアの国会議員を6年務めた異色の経歴も持ち、まだ39歳ということもあってあいかわらずのイケメン。サフィンが穏やかな顔でベンチに座っているだけでなんだかうれしいファンが世界中にいるはずだが、この先一度くらいは現役時代のあの熱さが見られるだろうか。
文/山口奈緒美