2人がボールを打ち合うテニスは、その競技特性からすると基本的にベースラインを横に走るケースが多くなる。前後に走ることは稀で、意図的に相手を前に呼び込むボールはドロップショットと呼ばれている。そしてこのドロップショットだが、一試合を通して見られることは数本。まったく使わない選手だって結構いる。理由は、テクニック的に微妙なところがあり、ちょっとでもミスすると簡単にポイントを失ってしまうからだ。
このドロップショットを使う選手の試合は面白くなる。なぜなら、基本の左右動きに前後の動きが加わり試合が立体的になるからだ。といったことで絶大な人気を誇るのがフランスの才人ブノワ・ペールの試合だ。セルビアのドゥサン・ラヨビッチ戦では訳の分らないドロップショットを連発。たったの2ゲームで3本のドロップショット。それが決まってしまうのだ。こうなれば試合はペールのペース。どんなボールも諦めずに追うガンバルマン(ラヨビッチ)を翻弄して第1セットは6−2で圧倒。しかし、このまま押し切ることもできないのがペールというテニス選手なのだ。
第1セットは強い時のペールだった。このセットのテニスがいつもできていればランキング24位にいる選手じゃない。しかし、ペールにはダメダメな時間が必ずやってくる。これをテニス通は「ペールの独り劇場」と呼んでいる。良いリズムを自ら崩し、自分に、審判に、ラケットに当たるのだ。簡単に終らせることができた第2セットはタイブレークにもつれ込み、ラヨビッチがセットポイントを握ってサーブを打つ。ペールはそのボールを見送ったが判定はグッド。ここでペールのラケットが飛んだ。
サーブがネットに触ったかどうかの判定はセンサーが行っている。センサーが反応すると主審に音が伝わり「サービスレット(打ち直し)」がコールされる。ペールが自信満々でボールを見送ったのだから、きっとボールはネットに触れたのだろう。しかし、この時はセンサーが反応しなかった。ペールはボールを打ち返すことなくセットを失ってしまったのだ。
これでペールはブチ切れた。ベンチに戻ってラケットを叩き付けて破壊。それでも収まらずバッグからもう一本取り出して2本目を粉砕。監督のアドバイスも受け付けないくらい怒っていた。
たしかにネットジャッジに関しては以前から「おかしんじゃないか?」の声があるのは事実だ。明らかにネットの上を通過したボールでもセンサーが働いてしまうことがある。このATPカップまでそれは仕方がないこととされてきた。ところがこの大会から新しい判定法が導入され、オーバーネットしたかどうかをビデオ判定するようになった(初めてのビデオ判定となったのはジョコビッチのダブルス)。今後はサーブがネットに触ったかどうかについてもビデオ判定が導入されることになるだろう。また、それだけでない。今は人間の目で行っているラインジャッジも将来的には機械が行うことになるだろう。テニスコートの風景も時代とともに変っていくのだ。
文/井山夏生(元テニスジャーナル編集長)